涙の裏に瀬川祐輔の支えあり。川崎Fの左サイドを操る頭脳、山本悠樹が10月に魅せた真骨頂
フロンターレ最前線#9
「どんな形でもタイトルを獲ることで、その時の空気感を選手に味わってほしい。次の世代にも伝えていってほしいと思っています」――過渡期を迎えながらも鬼木達監督の下で粘り強く戦い、再び優勝争いの常連を目指す川崎フロンターレ。その“最前線”に立つ青と黒の戦士たちの物語を、2009年から取材する番記者のいしかわごう氏が紡いでいく。
第9回では、第2回でインタビューに応えてくれた山本悠樹に再注目。それから約半年を経た10月、真骨頂を発揮している頭脳派が滲ませた涙の裏側を伝える。
「支えてくれた人に感謝したい」。言葉に詰まった論理派
山本悠樹は、込み上げてくる感情を堪えきれなかったようだった。
9月27日、J1第32節・アルビレックス新潟戦後のミックスゾーンでのことである。リーグ戦で2カ月ぶりのスタメンを飾ると5-1で大勝。勝負を決める3点目をアシストした山本は途中交代することなく、フルタイムでピッチに立ち続けている。それも3月9日の第3節・京都サンガ戦以来、約半年ぶりのことだった。
今シーズン、ガンバ大阪から川崎フロンターレへと移籍してきた山本は、開幕当初こそレギュラーの一角を担っていた。しかし徐々にプレータイムを減らしていくと、夏場には出場機会が激減。不本意とも言える時間を過ごしていた。そうした苦しかった日々を振り返り、試合後には周囲へのお礼を忘れなかった。
「波はあったと思うけど、しんどい時にいろんな人が支えてくれたので腐らずに済みました。ただ今日、別に何かを成し遂げたわけではないので。本当にそういう人たちに、感謝したいですね」
そこから「誰に支えられたのか?」と話題が及んだ時のことである。
「話せば長くなるんですが。受け入れ難いこともたくさんあったし、きついなと思うことも多かったので……」と回想していると突然、言葉に詰まってしまったのだ。
山本はいつも試合を論理的に振り返ってくれるタイプで、言語化も巧みである。戦術や展開を分析したコメントは試合直後でもスラスラと淀みなく出てくる。にもかかわらず、この時ばかりは彼の口から言葉にならない感情があふれ出そうになっていたようだった。
しばしの沈黙が続く。その事実が、それまでの苦難を物語っていたようだった。
「受け入れ難いこと」が意味することはわからなかったが、そうした回想が山本の中で何かを決壊させたようで、目には涙が滲んでいる。それを拭いながら、「本当にそういう時に支えてくれた人に感謝したいです」と声を絞り出した。
光州FC戦の決定機にも秘められた瀬川との物語
あらためて恩人について聞かれると、「強いて挙げれば、瀬川くんでした。あの人なりに、苦しんでいると思うので」と、チームメイトの瀬川祐輔の名前を出す。メンバー外のトレーニングで一緒になることが多かった30歳の明るさに、山本は救われていた。
「何ていうか……楽しそうにいてくれるのが、すごく助かりました。いい感じの距離感で声をかけてくれたなと思っていますし。あまり面と向かって言うことはないですが、感謝しています」
叱咤激励を受けたわけではない。それでも近過ぎず、遠過ぎずの適度な関係性で気にかけてくれていたことが、プロキャリア初の移籍から1年目を迎えていた山本にとっては、腐らずに努力を続ける支えにもなっていたようだ。
その試合翌日のこと。練習後の瀬川に話を聞くと、山本に名指しされたことを本人はまったく知らなかった様子だった。…… 北海道出身。大学卒業後、スカパー!の番組スタッフを経て、サッカー専門新聞『EL GOLAZO』の担当記者として活動。現在はフリーランスとして川崎フロンターレを取材し、専門誌を中心に寄稿。著書に『将棋でサッカーが面白くなる本』(朝日新聞出版)、『川崎フロンターレあるある』(TOブックス)など。将棋はアマ三段(日本将棋連盟三段免状所有)。Twitterアカウント:@ishikawagoProfile
いしかわごう