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「理不尽」なデ・ロッシ解任で混迷するローマ。オーナーのフリードキン家の狙いは、意図的な「スクラップ&ビルド」?

2024.09.27

CALCIOおもてうら#27

イタリア在住30年、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えるジャーナリスト・片野道郎が、ホットなニュースを題材に複雑怪奇なカルチョの背景を読み解く。

今回は、新プロジェクトがスタートしたばかりのダニエレ・デ・ロッシ監督が開幕わずか4試合で電撃解任されたことに端を発するローマの混迷と、その背景にある複雑な事情について考察してみたい。

 9月18日のダニエレ・デ・ロッシ監督電撃解任に端を発したローマの混迷は、1週間が過ぎた今も出口が見えないままだ。この解任の「首謀者」とみなされてサポーターからの激しい(部分的には度が過ぎる)抗議の対象となったリナ・スルークCEOが4日後の22日に辞任したことで、クラブのマネジメントは空洞化、さらにその翌日、アメリカ人オーナーのフリードキン家が、一時は交渉が破綻したかに見えたプレミアリーグのエバートン買収を正式発表したことで、クラブの周辺では夏の間に一時取り沙汰されたサウジアラビア資本への売却の噂が再燃している。

デ・ロッシ前監督

「理不尽」な電撃解任にロマニスタの怒り爆発

 すべての発端は、誰も予想しなかった突然の監督解任だった。

 開幕4試合で3分1敗、1勝もできずに順位表の底近くに沈んでいたことは確かだ。しかしシーズンはまだ始まったばかり。しかもローマは夏の移籍マーケットでの動きが遅れ、デ・ロッシは開幕からの3試合を穴のある陣容で、試行錯誤を続けながら戦わなければならなかった。

 解任につながった第4節ジェノア戦の引き分けも、代表ウィークを間に挟みようやく整ったスカッドで臨んだ最初の試合で、リードした後半96分に同点ゴールを喫したもの。出足で躓いたとはいえ、チームを固めていくのはここからであり、その時間はまだ残されているというのが、ローマに対する大方の見方だった。

 そもそもデ・ロッシとは、今年1月に解任されたジョゼ・モウリーニョの後任として招聘し半年の「お試し期間」を経た後、昨シーズン終了後の6月にあらためて3年契約を結び直し、新たなプロジェクトを委ねたばかり。このタイミングで見切りをつけるというのは、誰にとっても予想しがたい、そしてそれ以上に理解しがたい事態だった。

 しかもデ・ロッシは、選手としてもローマ一筋で歩んできた正真正銘のクラブレジェンドであり、すべてのロマニスタにとって熱愛の対象である。そんな存在を誰が見ても理不尽な形で切り捨てたとあっては、サポーターが激昂するのも無理はない話である。

デ・ロッシ前監督との契約延長を発表したローマ公式X

 その矛先は、オーナーのフリードキン家、そしてそれ以上にそのオーナーの信頼を受けて経営の実権を握ってきたリナ・スルークCEOに向けられた。スルークは、女子バレーボール選手としてプレーする傍ら大学で法学を修めたスポーツ法の専門家で、法務部門の責任者として入ったオリンピアコスで2018年から22年までCEOを務めたという異色の経歴を持つ41歳。2023年4月にローマのCEOに招聘されると、徐々にクラブ内部で自らに権力を集め、ロマン・アブラモビッチ会長時代のチェルシーで「女帝」と呼ばれたマリーナ・グラノフスカヤを思わせる全権掌握型トップマネジャーとしての地位を確立した。

 その過程で、強権的なワンマン経営者というイメージが外部にも定着したこと、そして後述するように、今夏の補強をめぐってデ・ロッシとの間に対立があったと伝えられたことなどから、今回の解任に関しても「首謀者」とみなされ、サポーターの憎悪を一身に集めることになった。

 解任が報じられた直後から、SNSやローカルマスコミではスルークに対する激しい攻撃のコメントが飛び交い、トリゴリアのトレーニングセンターの外壁に「DDR mare di Roma, Lina Male di Roma」(デ・ロッシはローマの海mare、リナはローマの悪male)という横断幕が張り出されるなどして、翌日には警察がスルークとその家族に対する警護体制を敷くまでになった。

 そして解任から4日目、デ・ロッシの後任に迎えた前トリノ監督イバン・ユリッチの初陣にあたるセリエA第5節ウディネーゼ戦の当日に、ローマはスルークの辞任を発表する。この辞任については、2人の子供(3歳と8歳)にまで危害が及ぶ可能性も含めて、もはやローマで仕事を続ける環境にはないという理由も一部のマスコミを通じて流布された。しかしそれから何日かの間に、クラブ内に亀裂と混乱を招いたスルークのマネジメントに不満を抱いたオーナーの意向も強く反映された事実上の解任、という見方も出始めている。

権力を掌握したスルークCEOと「旗頭」デ・ロッシの対立

 ローマは、UEFAのFFP改めFSRに抵触してペナルティつきの和解協定を結んでいる事情もあり、経営を預かるスルークCEOに課されたミッションも、ビジネス面で収入拡大と支出削減による収支改善を進めながら、同時にスポーツ面でもチームの競争力を高め、モウリーニョの下で達成できなかったCLへの復帰を果たすというかなり難易度の高いものだった。……

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Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。

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