機能不全…?でも6ゴール!首位・広島を支えるスキッベ監督の「戦術眼」とは?
サンフレッチェ情熱記 第16回
1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始し、以来欠かさず練習場とスタジアムに足を運び、クラブへ愛と情熱を注ぎ続けた中野和也が、チームと監督、選手、フロントの知られざる物語を解き明かす。第16回は、週末に控えた町田ゼルビアとの首位攻防戦を前に、(意外と見過ごされてきた?)ミヒャエル・スキッベ監督の「戦術眼」にフォーカスしてみたい。
機能しなかった「横浜FM対策」
9月22日、広島のサポーターはミヒャエル・スキッベという勝負師の存在を改めて、思い知らされた。
横浜FMはACLエリートで7-3で光州に敗れた。だが、試合前日のスキッベ監督は「ほとんど主力が出ていないチーム。参考にならない」と切って捨てた。
「相手は西村拓真とエウベルが出場停止、宮市亮がケガで出場できません」
その質問に対して、広島の指揮官は鋭く返す。
「ウチだって、エゼキエウはケガで帰国中だし、マルコス・ジュニオールもケガの影響でまだ出場できない。他にもケガ人(山崎大地は右ヒザ前十字靱帯断裂の大ケガで長期離脱中、ピエロス・ソティリウもケガ明けで無理はできない)はいる。中島洋太朗や井上愛簾はU-20日本代表の活動でチームから離れているからね」
そして、こうも続けた。
「相手は3年前のリーグチャンピオンだし、前年度のACLファイナリスト。強いチームではあるが、我々は今までとなんら、やり方を変える必要はない」
横浜FMは広島についで、Jリーグ2位の得点力(平均1.70。広島は1.83/第30節時点)を誇っていたし、最近のリーグ戦7試合は5勝2敗で平均得点2.57。直近の京都には1-2で敗れたが、開始9分で西村が退場したことが影響しただけ。彼がいなくてもトップ下には天野純がいるし、エウベルと宮市がいない左サイドはスピードスター・井上健太が腕を撫す。喜田拓也が負傷していたのは試合後に知ったが、それでも渡辺皓太と山根陸のダブルボランチは能力が高い。何より、現時点でのJ1最高のストライカーであるアンデルソン・ロペスと三ツ沢での広島戦で大活躍したヤン・マテウスがいる。
横浜FMは勝ち点41で7位にとどまっているが、試合数が1試合少ない影響もある。未消化分(磐田戦)を勝利したと仮定すれば、勝点は44。それでもトップに立っていた町田とは14ポイント差で厳しいが、それを感じさせない存在感があった。
その相手に対して、スキッベ監督はどんな闘いを挑むのか。
「前からの守備」「ベクトルは前」
そのコンセプトが変わらないことは当然。試合前の言葉からも、選択する選手の変更はないと思っていた。
だが、現実は違った。
前線にはゴンサロ・パシエンシアとトルガイ・アルスランが同時に並び、加藤陸次樹もシャドー。ボランチは松本泰志と川辺駿。右サイドのレギュラーだった新井直人をスタメンから外し、中野就斗と塩谷司で右を構成した。
その意図を試合後の会見で聞いた記者がいたが、その質問に対しては答えず、微妙な表現ではぐらかせた。相手の左サイドからの攻撃を抑えにかかったか、それとも中野の推進力に期待したか、それはわからない。
結果としてこの采配は上手くいかなかったと言わざるを得ない。広島は井上健太のスピードに翻弄され、失点も喫した。守備的な中盤が不在で中を締められず、ゴンサロ・パシエンシアもトルガイ・アルスランも前からの守備を敢行しようとしたが、周囲との連携が合わず、横浜FMのビルドアップを簡単に許した。
それでも奪った3ゴール。前半に感じた指揮官の「目」
しかし、ミヒャエル・スキッベの凄みは、その状況下であっても3点を横浜FMから強奪したことだ。
開始早々、中野就斗のロングスローで右サイドの奥を取った加藤陸次樹のクロス。トルガイ・アルスランがボールをキープし、ゴンサロ・パシエンシアがシュート。そのセカンドボールを東俊希が折り返し、川辺駿に当たったボールを加藤が押し込んだ。ゴールエリアに3人、PA内に6人が入ってくる圧巻の厚み。これが広島のやり方であり、スキッベ監督が掲げるコンセプトだ。
22分、1-1にされた直後のシーンを見てみよう。
勢い込んで攻め込んできた横浜FMの攻撃を遮断した佐々木翔からのパスを左サイドで受けたトルガイ・アルスランが、持ち上がる。彼がスピード豊かなドリブラーだったら、横浜FMの対応も変わっただろうが、トルガイの本質はパサー。安易にプレッシャーをかけて隙をつくるよりもコース限定の守備でいいと横浜FMが考えたのも理解できる。
加藤陸次樹が斜めに走る。CBエドゥアルドが加藤に引きつけられる。
瞬間、カットインしてきたトルガイに対してのマークが、甘くなった。そういう隙を見逃すほど、広島の30番は甘いキャリアを積んでいない。UEFAチャンピオンズリーグに出場し、ヨーロッパリーグではリバプールを撃破するゴールを決めた経験を持つ男は右足を振り抜いた。
「枠内に強いシュートを打つ。それが重要だ」
自身の言葉通りのシュートはエドゥアルドの身体に当たり、ネットを揺さぶった。
ここは個人技。確かにその通り。しかしトレーニングから「前へのパス」を最重要課題として掲げ、ゴール前での局面を多く設定する形をつくってきた指揮官の練習が実を結んだシーンでもあった。……
Profile
中野 和也
1962年生まれ。長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルート・株式会社中四国リクルート企画で各種情報誌の制作・編集に関わる。1994年よりフリー、1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でサンフレッチェ広島に関するレポート・コラムなどを執筆した。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。以来10余年にわたって同誌の編集長を務め続けている。著書に『サンフレッチェ情熱史』、『戦う、勝つ、生きる』(小社刊)。