「すべては自分の意思で」ルイス・スアレスの代表引退、ウルグアイ全国民がありがとう
EL GRITO SAGRADO ~聖なる叫び~ #8
マラドーナに憧れ、ブエノスアイレスに住んで35年。現地でしか知り得ない情報を発信し続けてきたChizuru de Garciaが、ここでは極私的な視点で今伝えたい話題を深掘り。アルゼンチン、ウルグアイをはじめ南米サッカーの原始的な魅力、情熱の根源に迫る。
footballista誌から続くWEB月刊連載の第8回(通算167回)は、人口340万人の“小さなサッカー大国”が誇る37歳の英雄が下した決断、そして彼が残したトロフィーよりも価値あるものについて。
9月6日、エスタディオ・センテナリオで行われた2026年W杯予選第7節パラグアイ戦をもって、ルイス・スアレスがウルグアイ代表を引退した。
ユニフォームには“SUAREZ ETERNO”(永遠のスアレス)の文字がマーキングされ、ピッチ横に設置された看板には“SOS HISTORIA VIVA”(君は生きている歴史だ)との賛辞。一瞬、引退記念試合かと錯覚を起こしてしまうほど特別にセッティングされた舞台で、2007年2月のデビューから17年7カ月の間、143試合に出場し69ゴールをマークした代表歴代得点王は、惜しまれながら空色のユニフォームを脱いだ。
「スアレス、代表を引退か?」
国民的英雄の去就をめぐる憶測からウルグアイ国内に激震が走ったのは、去る9月1日の夕刻のこと。AUF(ウルグアイサッカー協会)が突然、翌2日にスアレスの記者会見を開催すると発表したのだ。
いつもならサッカーの話題で盛り上がる週末のウルグアイだが、ナシオナル所属のフアン・イスキエルドの訃報(※8月22日に行われたコパ・リベルタドーレスの試合中に不整脈を起こして倒れ、意識不明の重体のまま27日に逝去)を受け、ジュニアリーグからプロリーグまで国内のすべてのサッカー活動が休止となり、この日はうら悲しい空気が漂っていた。
そんなところへ舞い込んできた記者会見の知らせは、その唐突さに加え、「ルイス・スアレスからみんなに話すことがある」というサブタイトルからも明らかに重大発表を匂わせており、サッカーのない異様な週末の静寂を破った。事情通のジャーナリストの中には早くも「スアレスは明日の会見で代表引退を発表する」と断言する者も現れ、ウルグアイのみならず、ここアルゼンチンでも瞬く間にトップニュースとなったのである。
「ずっと前から考えてきたこと。今がその時だと思うのは、自分なりの理由があるから」
翌日、会場となったセンテナリオのプレスルームは大勢のメディア関係者で埋め尽くされた。入場制限が必要なほど報道陣が集まったのは、昨年5月のマルセロ・ビエルサ代表監督就任会見以来のことだ。
現場に駆けつけた記者たちの他、AUF公式チャンネルによるライブ配信で会見の様子を多くの人々が見守る中、スアレスが会場に姿を現したのは、開始予定時刻の20時を少し回った頃。マイクを前に腰かけ、開口一番イスキエルドへの追悼メッセージを述べると、いったん呼吸を整えてから本題に入った。……
Profile
Chizuru de Garcia
1989年からブエノスアイレスに在住。1968年10月31日生まれ。清泉女子大学英語短期課程卒。幼少期から洋画・洋楽を愛し、78年ワールドカップでサッカーに目覚める。大学在学中から南米サッカー関連の情報を寄稿し始めて現在に至る。家族はウルグアイ人の夫と2人の娘。