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そして、完封リレーのバトンは渡された。ベガルタ仙台GKチームの一番長い日

2024.09.05

ベガルタ・ピッチサイドリポート第17回

2024年8月17日。J2第27節。鹿児島ユナイテッドFC戦に臨むベガルタ仙台のGK陣には“緊急事態”が起きていた。それまでリーグ戦全試合にスタメン出場していた林彰洋が、コンディション不良により試合当日に欠場が決定。スタメンには松澤香輝が指名され、梅田陸空がベンチに入ることになる。結果的に完封勝利を飾ることになるこの日の舞台裏では、一体どんなことが起きていたのか。林、松澤、梅田に加えて小畑裕馬、植田元輝GKコーチの5人に村林いづみが直撃。『GKチームの一番長い日』をそれぞれの視点で振り返ってもらう。

 この日のことは、記録しておかなければいけない。ピッチサイドで見ていると、そんな使命感に駆られる試合がある。忘れられないゲーム。語り継がなければいけないシーン。今シーズンの「森山ベガルタ」ではそんな試合がまた一つ増えた。第27節の鹿児島ユナイテッドFC戦だ。

 前半15分、MF郷家友太選手のゴールで1-0の勝利を収めたこの一戦。フォーカスするべきは、“前”ではなく“後ろ”だ。絶対的守護神としてゴールマウスに君臨してきたGK林彰洋選手のコンディション不良による欠場から、この日のドラマが始まった。

 2番手と考えられるGK小畑裕馬選手も7月のトレーニングで左ひざを負傷し、復帰に向けてリハビリに取り組んでいる。普段はなかなかスポットライトを浴びることのないGK松澤香輝選手、大卒2年目のGK梅田陸空選手、二人がこの日の主役。植田元輝GKコーチも含めた“仙台のGKグループ”に総力戦となったあの日を振り返ってもらった。

鹿児島戦前にゴール裏のサポーターへ挨拶する松澤と梅田(Photo: Vegalta Sendai)

試合前日。「マツは出るかもしれないし、出ないかもしれない」。林、欠場の可能性

 「試合の前日(8月16日)、コンディション面でアキ(林彰洋)がちょっと試合できるのかな?というところで、当日朝に確認しようということになりました。マツ(松澤香輝)には前日に『出るかもしれないし、出ないかもしれない。その準備をしよう』という話をしました。それと合わせて(梅田)陸空にも『メンバーに入るかもしれないし、入らないかもしれない』と伝えました。彼らにとっては、難しい前日を過ごさせてしまったのかもしれません」(植田GKコーチ)

 「『アキの状態でどうなるかは当日判断するから、その後の連絡を待ってくれ』と、前日の練習後には言われていました。『いつでも行けるような準備もしてくれ』と言われていたので、先発、ベンチ、どっちになるかはわからなかったですが、試合に出る準備をしながら、もし出られなくても問題はないと思っていました。まずはメンタルも含め、試合に出るという準備をしようと思いました。出ることになるとして、約2年ぶりだったので、『試合の時はどんな準備をしていたかな?』ということを考えました。体というより、精神的な準備ですね。実は前日に何を食べるといいのかということも、正直あまり考えられなかったです。ちょうど良いお店がなくて……。気持ちのところだけ、準備しようとしていました」(松澤)

 「本当に少しだけ、『もしかしたらメンバーに入るかもしれない』と聞かされていました。前日の段階で『難しい状況かもしれない。でもアキさんならできるだろう』と思っていました」(梅田)

正守護神として今季、鹿児島戦を除いたリーグ戦全試合にフル出場している林(Photo: Vegalta Sendai)

試合当日、昼。松澤の先発、梅田のベンチ入り決定

 「11時に植田GKコーチから電話が来て、その時は確定していなかった。13時頃、『先発はマツで行くという判断を、チームでしたから準備をしてくれ』と言われました」(松澤)

 「試合当日、午前中は普通に練習をしていたんです。メンバー入りは、可能性があるかもしれないけれど、通常の練習がメインという気持ちでいました。練習の途中で『今回はアキさんが試合は無理かも』という状況になりました。練習が終わって一度帰宅し、13時頃、寝ている時に電話がかかってきて『メンバーに入ったよ』と言われ、そこから準備をしました。良い準備ができるように、やることは変わらないですよ。練習でも100%の準備ができているので。試合に入っても良いパフォーマンスができると思っていたので、そこは心配なかったです。俺、試合前には髪を切るんです。メンバー入りが決まった瞬間に『今から、切ったろかな?』と思ったんですが、予約が間に合わなくて(笑)、それは悔しかったですね。『剃りあげたろ』『気合入れたろ』思ったんです。間に合わなかったのは悔しかった。でもそれ以外は良い準備ができました」(梅田)

Photo: Vegalta Sendai

17時10分、スタジアム入り。サポートに回った林の予言と小畑の願い

 「二人の努力をいつも見てきました。いつも誰よりも早くクラブハウスに来て、遅く帰るんです。だからこそ、あの日は快く試合に送り出すことができました。アキさんも僕も少し早くスタジアムに入って、二人に声をかけさせてもらいました。年下の僕が言うのもなんですが、結果が出て欲しいと心から思いました」(小畑)

 「試合前にアキさんからは、『マツが緊張すると思うからサポートを頼むぞ』と言われました。それは得意なところなので『任せてください』と伝えました。『マツも緊張しているし、(前回の公式戦出場から)時間が空いているから、もしかしたら何かあるかもしれない。俺のサッカー経験上、こういう時は何かが起こるかもしれないから、お前も出る準備だけは絶対にしておけ』とも。本当にその通りになっちゃいましたよ。アキさんすごいなって思いました。試合終わりにも『俺はわかっていたよ』と言っていたので、さすがだなって。マツくんが少し緊張している様子も見えたので、ベンチからできるサポートをしようと思っていました。良い声かけをしようと意識していました」(梅田)

 「GKグループは小さなチームなので、日頃から結束力もすごく高まるんです。アップの前にアキと裕馬も来てくれて、いろいろ話をしてくれました。逆にアウェーでの山形戦(第21節)ではマツと陸空がNDスタへ早く来てくれて、アップで彼らを送り出してくれたりもしたんです。良い関係性でトレーニングができている。そういう雰囲気も我々のグループのいいところだと思っています」(植田GKコーチ)

J2第21節、山形戦のハイライト動画

18時15分、ピッチ内アップ開始。松澤、梅田へサポーターから特大コールが贈られる

 「鹿児島戦に限らず、僕はいつもあの(ピッチ内アップ開始の)瞬間に鳥肌が立っているんですよ。それは鹿児島戦も変わらず、ありがたいなと感じていました。ホームで試合ができるというのは心強いです。あの声の“圧”でマツの緊張感も一気に上がったと思うんです。スタジアムの室内でアップをしている時はそうでもなかったんですが、ピッチに出たら一気に緊張が高まっていたように感じます」(植田GKコーチ)

 「自分がスタメンという状況で、ピッチへウォーミングアップに行ったことが初めてでした。今まで『林コール』を聞いていましたが、あの日はピッチに出ただけでスタンドが湧くような瞬間がありました。実際に『松澤コール』をしてもらった時は鳥肌が立つというか、もうやってやるという気持ちになりました。アドレナリンが出たような感覚でした。緊張もありましたし、プレッシャーもありましたが、それ以上にやってやるぞという気持ちでした。サポーターの思いを感じました。僕のプレーを見たことがないサポーターの方ばかりだったと思うので、『自分のプレーをサポーターに見せつけたい』という思いでしたし、声援や後押しに応えたいという気持ちでプレーしました」(松澤)

 「あのアップの時の声援こそ、最高でした。去年の徳島戦で1回メンバー入りしましたが、その時とは比べ物にならないような声量で名前を呼んでもらいました。そこでスイッチが入りましたね。マツさんも俺も、あのサポーターの迫力をプラスに捉えて、力にすることができました。俺はアップが楽しくてしょうがなかったです」(梅田)

18時57分、選手入場。ワンプレー毎に湧き上がる歓声に支えられて

……

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Profile

村林 いづみ

フリーアナウンサー、ライター。2007年よりスカパー!やDAZNでベガルタ仙台を中心に試合中継のピッチリポーターを務める。ベガルタ仙台の節目にはだいたいピッチサイドで涙ぐみ、祝杯と勝利のヒーローインタビューを何よりも楽しみに生きる。かつてスカパー!で好評を博した「ベガッ太さんとの夫婦漫才」をどこかで復活させたいと画策している。

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