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24-25セリエA展望(後編):フォンセカのミランが直面する「弱点の非保持が後回しにされる」ジレンマ

2024.08.30

CALCIOおもてうら#25

イタリア在住30年、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えるジャーナリスト・片野道郎が、ホットなニュースを題材に複雑怪奇なカルチョの背景を読み解く。

今回は、前回に引き続き24-25シーズンのセリエA展望。後編では、フォンセカが就任したミランが直面するジレンマを解説する。「育てる」と「攻撃的なスタイル」を重視して選ばれた新監督はそれを実践しているが、もともとの弱点であるボール非保持のクオリティがさらに悪化。ピッチ外の逆風も含めて、きわめて厳しい状況に置かれている。

8月16日の開幕からここまで2節を消化したセリエA。開幕直前にアップしたシーズン展望の前編では、今シーズンを「不確実性の時代が収束に向かう節目になりそうな年」と位置づけた上で、序盤戦の見どころは「どの新プロジェクトがいち早く軌道に乗るか」にあるとした。まだ2試合を戦っただけだが、新プロジェクトの進捗度、というか滑り出し具合にはチームによって明らかな濃淡が出ている。

新生ユーベの「期待以上の船出」

 チアゴ・モッタ率いるユベントスは、コンパクトな陣形とその内部での高い流動性を両立させ、攻守のバランスを高いレベルで保ってゲームをコントロールするという、新監督の哲学がはっきりと表れたサッカーで、2試合ともに3-0の完勝。相手がいずれも格下だった点は差し引いて考える必要があるが、アレグリ前監督時代の堅守速攻に徹する低重心リアクティブサッカーと正反対の方向性が打ち出されていることを考えれば、プロジェクトの進捗度は期待以上と言うことができるだろう。

 大金を投じて獲得した補強の目玉ドグラス・ルイスを2試合ともベンチに置き、セリエCで戦うBチーム(ユベントスNextGen)で育った若手を積極的に登用した采配を大胆と評する声もある。しかし、プレシーズンキャンプに開始時から参加し、指揮官の戦術とプレー原則をすでに理解・吸収した選手を優先したと考えれば、これはきわめて筋の通った選択だ。個のクオリティ以上にチームとしての機能性を重視するチアゴ・モッタのスタンスの端的な反映と見ることもできる。

セリエA第2節、エラス・ベローナ戦のハイライト動画

「最高責任者」イブラヒモビッチの選択

 そのユベントスとは対照的に、開幕2試合を1分1敗、計4失点を喫する不安定な守備を露呈して、早くもマスコミとサポーターから大きな批判を集めているのが、パウロ・フォンセカを新監督に迎えたミラン。

 ミランにとって今シーズンは、前オーナーのエリオットから受け継いだサイクルに区切りをつけ、レッドバード・キャピタルがオーナーとして主導する新たな経営体制とピッチ上のプロジェクトをスタートさせる節目の年。クラブ運営の実質的な最高責任者として、この新プロジェクトを主導しているのは、あのズラタン・イブラヒモビッチだ。

 イブラヒモビッチは、昨年末からレッドバードの「スポーツ/メディア・エンターテインメント分野における業務執行パートナー兼ACミラン担当シニアアドバイザー」というややこしい役職(日本の会社にたとえるとレッドバード執行役員兼ミラン経営顧問という感じか)に就いている。ミランではなくその上にいるオーナー会社の上級役員という立場であり、ヒエラルキー的には会長以下ミランの全役員の上に位置している。

 就任当初はほとんど表に出ることがなかったが、過去5年間チームを率いたステーファノ・ピオーリ監督との契約を解除し、後任に選んだフォンセカの就任記者会見から、公の場でもクラブを代表する最高責任者として振る舞うようになった。その就任会見では、フォンセカを監督に選んだ理由を次のように語っている。……

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Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。

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