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国立で愛を叫んだ今こそ伊沢拓司が考えたい「one of our own」の価値とスパーズの若手問題

2024.08.17

the SPURs for the Spurt 〜N17から眺めるプレミアリーグ〜 #3

熾烈な上位争い、世界中から集まる有望株、終わることのないマネーゲーム……欧州サッカーの中心となったプレミアリーグが、なぜここまでの地位を手に入れたのか、そして今後どうなっていくのか。“クイズ王”としておなじみの伊沢拓司が、敏腕経営者ダニエル・レヴィ率いるトッテナム・ホットスパーを通して、その活況の要因と未来の展望を綴っていく好評連載。

あの来日から3週間、スパーズの2024-25シーズン開幕を目前に控えた第3回は、多くの点で“安心して応援できる”このチームに残された、大事な大事な「我々自身の一部」をめぐる難題について。

 「One of our own, one of our own. Mikey Moore, he’s one of our own!」

 16歳の若武者を称えるチャントが鳴り響いたのは、ノースロンドンではなく、国立競技場であったのだ。去る7月27日、ヴィッセル神戸対トッテナム・ホットスパーの試合で、我々スパーズサポーターは声の限りに歌い、選手たちを鼓舞した。その声援は客観的に見てもホームスタジアムを思わせるほどに大きく、実際に海外のファンにも感銘を与えたようである。有名な『聖者の行進』から10代選手のチャントまで、90分途切れることなく合唱は続いた。ゴール裏にいた私もその一翼を担ったのだが、聞いたことのないチャントも複数登場して焦ったのを覚えている。

 トッテナムが誇るワンダーキッド、先日17歳になった天才マイキー・ムーアも、自分のチャントが歌われていたことにインタビューで言及した。私自身も、彼のチャントはレギュラークラスのソン・フンミンやイヴ・ビスマと同じレベルの音量で合唱されていたように感じたし、同じくユース出身のジェイミー・ドンリーもまた、同様の栄に浴していたはずだ。

 なぜ、知名度のあまりない彼ら若手選手のチャントが、これほどまでに大声で歌われたのか。ここにはからくりがある。彼らのチャントは、大変に歌いやすいのだ。

 他の選手個別チャントはそれぞれのメロディと歌詞が存在するが、スパーズユース出身の選手には共通の「汎用チャント」がある。やり方はカンタン、冒頭の歌詞の、名前の部分を入れ替えるだけ。現在のスパーズサポーターは、ここにもっぱらハリー・ケインの名前を入れて歌っていた。毎試合ゴールを決めまくるのでとにかく頻回に登場し、それゆえ我々の耳にもよく馴染んでいる。結果として、ゴール裏に集まるのは初めてだったサポーター集団も、声を揃えて歌うことができたのだ。

 自クラブの育成機関出身選手というのは、それはそれは大切な存在である。チームの文化を体現する存在として、愛し愛されて育つものだ。実際のところは多くのアカデミー生がトップチームに上がれないのだから、僅かな生き残りであるというその希少性もまた愛を深める要因であろう。まさに「one of our own」、「我々自身の一部」なのだ。

 そして、情緒的価値とはまた別に大切なのが「登録枠」上の価値である。自らのクラブで育成した選手は、各種大会の選手登録において優遇可能な存在であり、チーム編成上の重点を占める。逆に言えば、育成がうまくできていない場合は不利を被る、というのが欧州サッカーにおけるルールなのだ。戦略の上でもまた、one of our ownは大変に重要なのである。

 残念ながら、近年のスパーズはこの「枠」問題に苦しんでいる。特に今シーズンのスパーズは、かつてないほどの苦境に、少なくとも登録枠上は立つことになるのだ。ポステコグルー政権2年目、いよいよヨーロッパ戦にも復帰してさあタイトルを獲るぞ、という段階にあって、無視できない大きな足かせとなっている。

 どうしてこうなったのか、どうすれば良くなるのか、移籍市場も佳境となった今だからこそ考えるべきだ。今回は、そうしたスパーズの課題を浮き彫りにしつつ、プレミアリーグ各クラブから学べるところはないか、視野を広げて見ていきたい。

2-3で勝利した神戸戦後、韓国でチームKリーグ(○3-4)、さらにバイエルンと2試合(●2-1/●2-3)のプレシーズンマッチを戦ったトッテナムは、現地8月19日のマンデーナイトに敵地レスターで今季プレミア開幕戦を迎える

トッテナムが怠っていた「クラブ育成枠」対策

 まず、登録枠についてカンタンにおさらいしよう。

 プレミアリーグのチームに所属する選手は、ホームグロウン(以下HG)選手と非HG選手に分かれる。そして、非HG選手の登録は17人までとされているため、多くの選手を使うためにはHG選手を確保する必要があるのだ。畢竟(ひっきょう)、登録枠の問題とはこの「HGの確保」問題だと言い換えられよう。なお、21歳以下の選手は「Bリスト」に登録され、無制限に使うことができる。先ほど挙げたムーアやドンリーはこの枠に登録されるのだ。

 HGについては、「国籍や年齢に関係なく、21歳の誕生日(または21歳になるシーズンの終了日)前に、連続しているかどうかにかかわらず、3シーズンまたは36カ月間、FA(イングランドフットボール協会)またはウェールズフットボール協会に所属するクラブに登録されている選手」(スパーズ・ジャパンより引用)と定義されている。要するに、イングランドやウェールズでのプレー経験があればOKということだ。スパーズにおいては、ジェイムズ・マディソンやブレナン・ジョンソン、ウェールズのスウォンジーでユース年代を過ごしたベン・デイヴィスなどが当てはまる。先日移籍してきたドミニク・ソランケもチェルシーユースに所属していたHG選手であり、これが移籍金高騰の一因となった。

 そして、自らのクラブでユース年代を過ごした選手も、当然ながらHG選手となる。スパーズにおいてはオリヴァー・スキップ、ブランドン・オースティン、アルフィー・ホワイトマンなどがそうだ。

 プレミアリーグの規定に照らし合わせてみると、スパーズの戦力には特に過不足がない。明らかな余剰戦力を考慮しなければ非HG枠は空いており、補強自由度もある状態だ。

 しかし、ことはそうカンタンではない。ヨーロッパのコンペティションで適用されるUEFAのルールは、より厳しいのだ。こちらには一癖二癖あり、それがスパーズを苦しめる要因となっている。……

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Profile

伊沢 拓司

私立開成中学校・高等学校、東京大学経済学部卒業。中学時代より開成学園クイズ研究部に所属し開成高校時代には、全国高等学校クイズ選手権史上初の個人2連覇を達成。2016年に、「楽しいから始まる学び」をコンセプトに立ち上げたWebメディア『QuizKnock』で編集長を務め、登録者数200万人を超える同YouTubeチャンネルの企画・出演を行う。2019年には株式会社QuizKnockを設立しCEOに就任。クイズプレーヤーとしてテレビ出演や講演会など多方面で活動中。ワタナベエンターテインメント所属。

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