ガットゥーゾ招聘とラキティッチ獲得の舞台裏。新生ハイデュクは「帝国」の支配を打ち破れるか
炎ゆるノゴメット#8
ディナモ・ザグレブが燃やす情熱の炎に火をつけられ、銀行を退職して2001年からクロアチアに移住。10年間のザグレブ生活で追った“ノゴメット”(クロアチア語で「サッカー」)の今に長束恭行氏が迫る。
第8回では、8月2日に2024-25シーズンが幕を開けたばかりのクロアチアリーグから、注目チームをピックアップ。ジェンナーロ・ガットゥーゾ監督の就任とイバン・ラキティッチの加入で復権を目論む強豪ハイデュク・スプリトは、「ディナモ帝国」の支配を打ち破れるのか?
クロアチアリーグ2023-24シーズンは、1992年のリーグ創設以降で初めて平均観客数5000人を突破した。その牽引役を担うクラブがハイデュク・スプリトだ。本拠地スタディオン・ポリュウドで開催した16試合の平均観客数は「2万1232人」(サポーター暴動のペナルティとして無観客になった2試合を除く)。リーグ覇者であるディナモ・ザグレブの「9013人」を大きく引き離した上、クラブ会員数でもライバルの4倍となる12万人を超えた。スプリト市の人口が約16万人であることを考慮すれば(首都ザグレブは約76万人)、これらの数字だけでも熱烈な支持ぶりがわかってもらえるだろう。
ユーゴスラビア時代はディナモを上回る成績を残し、クロアチアの独立当初は「海からの支配者たち」(majstori sa mora)の愛称にふさわしい結果を残したが、リーグタイトルは04-05シーズンを最後に19年間も見放されている。昨シーズンは前半戦を首位で折り返したものの、ウィンターブレイク後にケガ人続出で大失速。堪え性のないサポーターやメディアの重圧に耐え切れず、監督だけでなくスポーツディレクターや会長もクラブを去った。
新SDはあの元問題児!監督人事に難航も本命の招へいに成功
「サッカー選手としてのキャリアは終わったが、新たな挑戦が待っている。私を未経験者だと思っている人もいるだろうが、人脈は持っている。最初の目標は監督を連れてくることだ」
5月27日、新たなスポーツディレクターに任命されたニコラ・カリニッチは、就任会見で意気揚々に抱負を述べた。地元のハイデュクを振り出しに5カ国、10クラブでプレーしてきた36歳の元クロアチア代表ストライカーは、最愛のクラブでスパイクを脱いだばかり。ロシアW杯は規律違反でチーム追放を余儀なくされた彼だが、就任会見では「チームにおいて規律がいかに重要であるかを私は強調したい。昨シーズンの後半は規律面で問題を抱えていた」と内部事情を暴露しつつ、彼が求める監督像を周囲に匂わせた。
カリニッチは監督指名のタイムリミットを6月8日に設定するも人選に難航。ハイデュクOBであり、カリニッチがエラス・ベローナで指導を受けたイバン・ユリッチ(前トリノ監督)が一度はオファーを承諾したものの、契約直前になって態度を翻した。ユリッチの[3-4-2-1]に見合う戦力がチームにそろっていないことに加え、イゴール・トゥドル(前ラツィオ監督)やイバン・レコ(現スタンダール・リエージュ監督)のような帰還組をサポーターやメディアが容赦なく焼き尽くした歴史を知っていたからだ。それならば(クロアチア語を理解できず)耳に雑音が入りづらい外国人監督を起用した方が無難である。
Profile
長束 恭行
1973年生まれ。1997年、現地観戦したディナモ・ザグレブの試合に感銘を受けて銀行を退職。2001年からは10年間のザグレブ生活を通して旧ユーゴ諸国のサッカーを追った。2011年から4年間はリトアニアを拠点に東欧諸国を取材。取材レポートを一冊にまとめた『東欧サッカークロニクル』(カンゼン)では2018年度ミズノスポーツライター優秀賞を受賞した。近著に『もえるバトレニ モドリッチと仲間たちの夢のカタール大冒険譚』(小社刊)。