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EUROで萌芽した「ビエルサの願い」? スペイン優勝にイタリア復活のヒントがある

2024.07.19

CALCIOおもてうら#22

イタリア在住30年、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えるジャーナリスト・片野道郎が、ホットなニュースを題材に複雑怪奇なカルチョの背景を読み解く。

今回は、「サッカーが衰退の最中にある」と名将ビエルサが嘆いたリスク回避主義の逆を行くスペインのEURO優勝の意味と、それが今後の代表サッカーに与える影響について考えてみたい。

 最初から最後まで圧倒的な強さを見せつけたスペインの優勝で幕を閉じたEURO2024。クロアチアに始まり、イタリア、ドイツ、フランス、イングランドと強豪を次々と、しかも説得力のある内容でなぎ倒しての圧勝だった。ここまで文句のつけようがない、誰もが納得する形での優勝は珍しい。

 好ましいのは、スペインが攻守両局面で、リスクを回避し失点を減らすことよりも、リスクを乗り越え得点を増やすことを優先する積極的かつ能動的な姿勢を貫いてこの結果を勝ち取ったこと。その意義については、木村さんのご意見に、筆者もほぼ全面的に同意している。

データで見ると省エネ志向、リスク回避優先

 大会全体を見れば、戦術的な傾向はこれまでのビッグトーナメントと比べて、何か大きな変化があったわけではない。イタリアのデータ分析サイト「Calcio Datato」が、いくつかの観点から5大リーグ平均とEUROのデータを比較しているのだが、これを見ても省エネ低強度、リスク回避優先の振る舞いが支配的だったことがわかる。

 プレッシング強度の指標であるPPDA(守備アクションあたり許したパス本数の平均)は14.2と、5大リーグで最も強度が低いブンデスリーガ(これは意外)の12.6より明らかに多く、その結果としてパス成功率は5大リーグのどこよりも高い84.75%を記録、またビルドアップにおけるロングパス比率も18%と最も低い(最も多いのはリーガの24%でこれも意外)。これは、プレスの圧力が低くビルドアップに許された時間とスペースが大きいため、後方から落ち着いてビルドアップしやすかっただけでなく、プレス回避のためにロングパスに訴える必要も少なかったことを意味している。

スペインのビルドアップの中核を担ったファビアン・ルイスとロドリ(右)

 シーズン終了後の6月に行われる代表のビッグトーナメントは、それまでに蓄積された疲労でほとんどの選手のコンディションが下がっている(劣化によってバッテリー容量が減ったスマートフォンのイメージ)上に、精神的なプレッシャーが大きく試合間隔も短いためリカバリーも不十分、しかも1試合の失敗が致命傷になる短期決戦といった様々な要素が重なっているため、エネルギーの消耗が少なくリスクも小さい受動的で安全志向の戦い方を選びがちになるものだ。……

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Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。

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