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川村拓夢と野津田岳人の海外移籍+CB陣のケガ。育成型の広島が陥った「ボランチ&CB問題」を考える

2024.07.18

サンフレッチェ情熱記 第14回

1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始し、以来欠かさず練習場とスタジアムに足を運び、クラブへ愛と情熱を注ぎ続けた中野和也が、チームと監督、選手、フロントの知られざる物語を解き明かす。第14回は、川村拓夢と野津田岳人の海外移籍に加えてCBにケガ人が続出する状況に陥った「ボランチ+CB問題」を考える。「ボランチとCBは補強が必要だ」と珍しくスキッベ監督が補強をリクエストした現状について、今までの選手編成の流れを踏まえつつ考察し、未来を展望してみたい。

 サンフレッチェ広島だけでなく、ほとんどのサッカーチームにとって大切なのは「運」である。もちろん、戦略や戦術、抱えている人材、ひいては予算なども大きく結果を左右することは言うまでもない。だが、そこに「運」が附加してこないとタイトルという栄光には辿りつかない。

 サッカーとは、いや人生は全てそうだと言っていい。全てを論理で解決することはできない。勉強して、模擬試験等でも常にA判定なのに、試験当日に風邪をひいてしまったり。「体調は自己管理」という人もいるが、どんなに気をつけていても罹る人は罹る。いつもは健康そのものなのに、そういう大切な時に限って病に倒れる場合もある。どんなに準備万端に整えていたところで、防げないアクシデントはある。

満田誠の離脱に泣いた昨シーズンの記憶

 サッカーチームにおいて「どうしようもない」というアクシデントの代表例は、ケガである。例えば2023年の広島を襲った負傷禍だ。5月7日の福岡戦で満田誠が相手選手の後ろからのチャージを受けた際に右膝前十字靱帯部分損傷の負傷を負い、結果として長期離脱となってしまった。試合中の事故であり、満田もチームも防ぎようがない。

 11番を背負った彼は2年目で早くも、チームの攻守の中心を担っていた。他の誰も真似できない、相手を吹き飛ばすようなハイプレス。破壊力満点の強烈なシュート。どんなポジションを任されても全力で立ち向かうそのスピリットも含め、ミヒャエル・スキッベ監督は全幅の信頼を置いていた。

 当然、彼の負傷離脱は痛い。だが、広島の不運は、ここから負傷の連鎖が主力を襲ったことだ。

 福岡戦でゴールを決めたピエロス・ソティリウが、その週のトレーニングで筋肉系のケガを負って約2カ月の離脱。5月20日の名古屋戦では塩谷司が肩を骨折してしまい、7月16日の横浜FC戦まで戦列を離れてしまった。

 「主力1人だけの負傷であれば、なんとかなる。複数の離脱者が出ても2週間程度なら、まだやりようがある。だが、同時期に3人も長期間、チームから離れてしまっては難しい」

 スキッベ監督の嘆きは当然のこと。1990年W杯でカメルーンをアフリカ勢初のベスト8に導き、2001年には広島の監督を務めた名将ヴァレリー・ニポムニシは「主力3人が変われば、チームは変わる」と語ったことがあるが、2023年の広島は、運に見放されていたと言っていい。

 満田離脱後の戦績は2勝2分7敗。この期間以外では15勝5分3敗と圧倒的な成績を残している。満田らがいる時期の平均勝点は2.17。このペースでシーズンを闘い抜いたとすれば勝ち点は73〜74のレベルに到達し、優勝の可能性も十分にあった。もちろん机上の計算であり「たられば」ではあるが、シュート数・枠内シュート数・クロス総数・スプリント回数・被シュート数・被ゴール期待値など、多くの項目でリーグトップを占めたデータから見ても、優勝が夢物語だったわけでは決してない。

 チームの構想を揺るがす問題としては、シーズン中の移籍もある。だがこの場合は、対処も可能だ。例えば昨夏、森島司が突然名古屋に移籍してしまった件である。森島の慰留に失敗した広島は、素早く方向転換。彼が残した違約金を使って補強を画策し、マルコス・ジュニオールを獲得できたのだ。

 彼の獲得劇は多分に幸運があったとはいえ、強化部が突然の移籍にも対応し、クラブが素早く決断したことで可能になったとも言える。彼の他にも加藤陸次樹をC大阪から獲得できたことで、戦力は増強。満田らが戻った8月13日の浦和戦以降は8勝3分1敗という快進撃を見せ、3位に滑り込むことができた。

 「違約金」というシステムがある以上、移籍の場合はなんとか補強することはできる。ただ、新しい人材がすぐ機能するかどうかは運次第だ。

 負傷離脱の場合は、話は変わってくる。負傷した選手の穴を埋めようと、そのたびに補強していたら、予算はいくらあっても足りない。

 実際、他のJリーグのチームを見ても、負傷離脱の連鎖のため思ったように成績があげられない事例は数多くある。また、主力中の主力が負傷離脱あるいは移籍で欠けたために補強しても、機能しなかった例もまた、たくさんある。

 主力選手というのは、他とは違いを見せているからこそ「主力」なのである。広島でいえば、満田誠も塩谷司も、ピエロス・ソティリウにも替わりはいない。同じポジションをできる選手はいても、同じクオリティにはならない。それでも例えば昨年後半、ピエロス・ソティリウが離脱しても他の選手がカバーして戦績をあげたように、1人くらいの離脱だったら、なんとかなるかもしれない。だが、主力に複数の離脱者が出てしまうと、どんなクラブでも闘いは難しくなる。

新井直人の大活躍の裏にある「わずかの誤算」

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Profile

中野 和也

1962年生まれ。長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルート・株式会社中四国リクルート企画で各種情報誌の制作・編集に関わる。1994年よりフリー、1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でサンフレッチェ広島に関するレポート・コラムなどを執筆した。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。以来10余年にわたって同誌の編集長を務め続けている。著書に『サンフレッチェ情熱史』、『戦う、勝つ、生きる』(小社刊)。

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