脳震盪で負傷退場した「記憶のない川崎戦」からの復帰劇。柏レイソル・松本健太が味わった“不思議な感覚”
太陽黄焔章 第14回
5月25日。J1第16節。川崎フロンターレと対峙した柏レイソルの守護神・松本健太は、相手との接触で頭部を強打。この脳震盪の影響で、1か月近い戦線離脱を余儀なくされる。もともと分析力に定評があり、言語化にも長けている松本だが、その川崎戦の記憶はほとんど残っておらず、映像を見返しても“不思議な感覚”があるという。現在はスタメン復帰し、チームの連勝に貢献している状況だが、鈴木潤の取材を通して、今回起きたことの一連を本人の口から振り返ってもらおう。
ロッカールームで繰り返されたやり取り。「試合、どうなったんですか?」
「なぜ、自分はここにいるんだろう?」
5月25日深夜、病室のベッドの上で目を覚ました松本健太は、事態を飲み込めていなかった。聞けば、試合中の脳震盪により、病院に緊急搬送されたという。
J1第16節、川崎フロンターレと柏レイソルの一戦にて、試合終了間際に川崎のFKからハイボールの争いで松本とジェジエウが接触。バランスを崩した松本は、地面に頭部を強打した。ボールはゴールへと吸い込まれたため、劇的な勝ち越し弾にUvance とどろきスタジアム by Fujitsuに詰めかけた川崎サポーターからは歓喜の声が挙がったが、柏のゴール前では両チームの選手が松本を取り囲んでおり、そのただならぬ空気を察してか、歓喜に包まれていたスタジアムは、数十秒後には静寂に変わっていた(VARの結果オフサイドと判定され、ノーゴールとなる)。
「意識はあったので話はできましたけど、頭、首等にどの程度負傷があるのかは今の段階では分からないので、あとは軽傷を祈るだけです」
試合後の会見では、井原正巳監督が松本の容態について触れた。
ロッカールームでは横たわりながら、松本は朦朧とした意識の中で井原監督及び、選手たちとわずかに会話を交わしている。
「試合、どうなったんですか?」
松本から問われた守田達弥は「1−1の引き分けだよ」と返した。
「そうですか……」
そしてしばらく間を置くと、松本は再び「試合、どうなったんですか?」と守田に問いかけてきたという。そのやり取りが数回続いた。
勝てないチーム。スタンドで感じていたもどかしさ
病院に搬送され、病室で目を覚ましたとき、松本は試合のことを何一つ覚えていなかった。
「脳震盪になって最初の頃は、ウォーミングアップの記憶もないし、前日や試合前の軽食や、前泊のホテルでどう過ごしていたか、そういう記憶も一切ないんです。それは徐々に戻ってきたんですけど、試合の部分は思い出せなくて。みんながロッカールームで会話をしたと言っていましたけど、僕はそれも全く覚えていないんです。自分の意識がはっきりしたのは病院のベッドの上でした」(松本)
退院後は、脳震盪の復帰プログラムに基づいたトレーニングが開始された。ただ、やはり頭部の負傷とあって慎重にならざるを得ない。松本が実戦に復帰するまでには、1カ月の時間を要した。
……
Profile
鈴木 潤
2002年のフリーライター転身後、03年から柏レイソルと国内育成年代の取材を開始。サッカー専門誌を中心に寄稿する傍ら、現在は柏レイソルのオフィシャル刊行物の執筆も手がける。14年には自身の責任編集によるウェブマガジン『柏フットボールジャーナル』を立ち上げ、日々の取材で得た情報を発信中。酒井宏樹選手の著書『リセットする力』(KADOKAWA)編集協力。