「ライセンス=学び」なしでは無理。現代サッカーで監督になるために必要な時間は最短5年?
喫茶店バル・フットボリスタ~店主とゲストの本音トーク~
毎月ワンテーマを掘り下げるフットボリスタWEB。実は編集者の知りたいことを作りながら学んでいるという面もあるんです。そこで得たことをゲストと一緒に語り合うのが、喫茶店バル・フットボリスタ。お茶でも飲みながらざっくばらんに、時にシリアスに本音トーク。
今回のテーマは、近年話題になっている「監督ライセンス」について。枠が限られている=参入障壁と捉えられがちだが、現代サッカー監督の仕事は高度化&多様化しており、適性とモチベーションがある人材でも最短5年ほど(シャビ・アロンソがレバークーゼンの監督になるまでで4年)の学びと実務経験が必須だろう。UEFAライセンスのトレンドも踏まえつつ、監督ライセンスの意義や改善点について考えてみたい。
※無料公開期間は終了しました。
今回のお題:フットボリスタ2024年6月特集
『欧州』と『日本』は何が違う? 知られざる監督ライセンスの背景
店主 :浅野賀一(フットボリスタ編集長)
ゲスト:川端暁彦
監督ライセンスが狭き門になっているワケ
川端「……。…………。………………。マスター、私は寝不足だ」
浅野「まだカタールの時差ボケ治らないの?」
川端「さすがにそれはないけど、なんか最近毎日ずっと試合やってません? 深夜から朝まで」
浅野「ああ、EUROとコパ・アメリカね。確かに生活リズムが狂うね。28時キックオフは逆に早く起きればいけるかもだけど(笑)」
川端「EUROからコパにシームレスに繋がってしまうのも危険すぎますね。そのうち力尽きそうです(※)。ところで、どちらの大会も選手の活躍はもちろん、監督采配やそのマネジメントも注目されていますよね?(強引)」
※現在は力尽きた模様です
浅野「特にイングランド代表のサウスゲイト監督やオランダ代表のクーマン監督はめっちゃ叩かれていますね(苦笑)」
川端「ポルトガルのロベルト・マルティネス監督もコメンテーターにめっちゃこき下ろされてて、なんだか悲しくなっちゃいましたよ。ろくに練習もできないのに批判だけは特大級という『代表監督』ってのは、あらためてキツい仕事ではあるなと思わされるわけです。ところで、EUROで指揮を執っている監督さんはみんなUEFA PROライセンスを持っているわけですよね?」
浅野「もちろん。オランダのクーマンは、当時あった特例の短縮カリキュラムで取得しているそうですが」
川端「ですよね。一方、コパ・アメリカの監督のうち、どのくらいはそのままUEFA PRO相当で監督できる人がいるんですかね?」
浅野「CONMEBOL(南米サッカー連盟)のPROライセンスの中でも、UEFA PROライセンスとの互換性が認められているのは一部だけだったと思います」
川端「そんなことを思ってしまうのは、フットボリスタの指導者ライセンス特集を読んでいたからなわけですが、あらためて『UEFA PRO』は狭き門に設定されてるのだとも思いましたね」
浅野「UEFA加盟国はライセンスを統一しているから、その国独自の基準ではできないですからね。だから、ある国だけたくさん合格者を出すとかもできません。ゆえに、狭き門にならざるを得ないんです」
川端「1年に1国10人という原則だそうですね。ドイツなどの大国は特例で枠が広いけど、それでも16人だとか」
浅野「スペインはローカルの監督ライセンスも残っていて、そのローカルライセンスとUEFAライセンスの互換が国内では問題になっているようですが、いずれすべてがUEFAライセンスに置き換わっていくんでしょうね」
川端「スペインは有名選手なら簡単にライセンスが取れる最後の牙城みたいになってるんですかね? ドイツとかオランダとかは元代表選手を優遇する飛び級制度はなくなっているそうですが」
浅野「スペインはPROライセンスの枠が確保されているという面では、代表選手の優遇は残っていますね。イタリアやオランダは(受講者を決めるのが)ポイント制になっていて、結果的に元代表選手は高いポイントになるので受けやすいという背景はあります」
川端「ドイツも代表選手のポイント加算はあって、最高位ライセンスを受講しやすくなってはいるという話でしたね。このあたりは日本も同じですね。ただ、トータルでは各国ともに『ちゃんと時間をかけて勉強せい』という方向性になっているみたいですが(笑)」
浅野「元エリート選手の優遇は『受講しやすくなるまでで、短縮コースはなし』というのが共通した傾向ですね」
欧州の「勉強しなかった監督」がもたらした教訓
川端「日本でも引退したばかりの選手たちが『簡単にライセンスを取れて、勉強なんてしなくてもすぐに監督をやれるようにしてほしい』という主張をよく聞きますが、世界的な潮流は逆だなというのは再確認できました」
浅野「ドイツやオランダは、それをやって失敗しましたからね(苦笑)」
川端「オランダはその失敗した時代にライセンスを取った方が代表監督をやっているらしいですが(笑)」
浅野「クーマンはその中では唯一と言っていいくらいの結果を残した人なので……(苦笑)。一時期のドイツは特に露骨で、元代表選手が全員大失敗で、成功しているのはラップトップ系の監督ばかりという状況になっていましたからね」
川端「いきなりプロの大舞台で失敗すれば、監督キャリアとしては致命傷になりかねないですよね」
浅野「元エリート選手がしっかり学ばないまま、知名度だけで監督に起用されてしまい、一回の大失敗で見限られる。そういう面では、彼らはむしろ被害者だったという見方もできます。だからこそ、短縮コースでライセンスを取らせるという制度が廃止されていく流れになったわけです」
川端「日本もかつて『B級→S級』の飛び級制度がありましたが、今回の取材で、まさにその『飛び級』でS級ライセンスを取得していた相馬直樹さんが『指導者として何もわかってなかった』と話されていたのは印象的でしたね。W杯にも出て、Jリーグでも活躍していた選手としては突出した実績を誇る相馬さん、しかもきっての頭脳派だった彼ですら、『指導者』としての道を歩み始めたら、そんな感覚になったんだな、という。そして『UEFAライセンスとの互換獲得』を日本サッカー協会が目指す以上、そこはむしろ厳しくなっていくだろうなという未来図も見えました」
浅野「当たり前と言えば当たり前の話ですけど、選手と監督は全く違う仕事ですからね。現代サッカーのトップレベルで監督をするなら、トレーニング構築やフィジカルコンディショニングの理論を学ぶのは必須ですし、データリテラシーや分析への理解も必要。その上で、リーダーシップやマネジメント、メディア対応もやる。それらをきちんと学ばないで、いきなりトップレベルに放り出されても『失敗して当たり前』です。というか、最初は誰でも失敗するとすら思うので、失敗が致命傷にならないような舞台から積み上げていくのが絶対いいと思うんですよね。モウリーニョやグアルディオラのような名将だって、最初は絶対に試行錯誤しながらやっていたはずですよ」
川端「実績ある選手は自分のことを『(監督よりも)サッカーを知っている』と思い込んじゃっているところもありますからね。とあるJリーガーが『俺が監督になったらすぐにチームを勝たせられるのに』と言っていたのを聞いたことがありますが、まあ、有名選手だと周りの人も皆気を遣って『そうですよね!』って感じになりますしね。『そんなわけないだろ。ちゃんと勉強してから言え』とはならない。言ってもらえない、とも言える」
浅野「それは日本でも欧州でもありそうだね」
川端「そんなことを言っていた選手でも、いざ監督になってから話を聞くと、『やってみて初めてわかったことがある』と揃って言いますからね。選手の目には見えていないモノが本当にいっぱいあるんですよ」
浅野「もちろん、トップレベルを経験している選手たちはいろんな監督の下でプレーしたことで得た知見や、大舞台で選手たちが何を感じるかを理解できるなどの大きなアドバンテージを持っているとは思います」
川端「サッカー選手のヒエラルキー感覚は『うまい奴が偉い』なのも間違いないわけで、上手かった実績のある監督はそれだけで認めてもらいやすいですからね」
浅野「ただ、それは監督としての土台があった上で、その上に載るものですからね。土台がなければ、過去に自分の受けてきたトレーニングのコピーで終わってしまうでしょう。過去の経験を咀嚼して自分のものにしないと他人に伝えるのも難しい。結局、選手たちは自分をうまくしてくれる監督、勝てる監督を求めているわけで、それがないと現役時代にどんなに実績があってもシビアに見限られますからね。相手もプロなので。その意味でも、監督もプロフェッショナルとして仕事の全体像や流れ、それぞれの分野の基礎理論やトレンドを学ぶのは必須だと思います」
「監督=客寄せパンダ」という大きな誤解
川端「本田圭佑さんの主張による影響もあるのか、あるいはプロ野球の影響なのか、経営者の皆さんからは『引退してすぐ監督にしたい』みたいな声もよく聞きます。でもそれはやっぱり危険ですよね。本人のためにもならない」……
Profile
川端 暁彦
1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣『エル・ゴラッソ』を始め各種媒体にライターとして寄稿する他、フリーの編集者としての活動も行っている。著書に『Jの新人』(東邦出版)。