サフォノフのパリSG移籍が希望に。露プレミアリーグという異世界、戦時下の活況
フットボール・ヤルマルカ 〜愛すべき辺境者たちの宴〜 #5
ヨーロッパから見てもアジアから見ても「辺境」である旧ソ連の国々。ロシア・東欧の事情に精通する篠崎直也が、氷河から砂漠までかの地のサッカーを縦横無尽に追いかけ、知られざる各国の政治や文化的な背景とともに紹介する。
footballista誌から続くWEB月刊連載の第5回(通算85回)は、制裁下にありながら熾烈な優勝争いや若手の台頭に沸くロシア国内リーグの現在。
「我われの国でもこんなにエキサイティングなサッカーを見ることができるのです!」
ウクライナ侵攻を原因とする制裁により、現在サッカー界の表舞台から隔絶された状態にあるロシア・プレミアリーグ。世界から取り残された異世界のようにも感じられるロシアでのリーグ戦は、最終節に3チームが優勝を争う近年類を見ない大混戦となり、劇的な結末を迎えた。新たなスターたちも頭角を現し、各クラブの経営状態は改善傾向にある。「戦時下」にあるロシア国内リーグでは何が起きていたのか、2023-24シーズンを総括してみよう。
欧州カップ戦への出場が叶わない現状にあって、リーグの焦点は「優勝するクラブとそれ以外」に絞られた(全16チーム)。最終節を前にした順位は1位ディナモ・モスクワ(勝ち点56)、2位ゼニト(勝ち点54)、3位クラスノダール(勝ち点53)。優勝の可能性はこの3チームにあり、しかもクラスノダールはホームでディナモと直接対決というこれ以上ない舞台が整っていた。中でも期待が集まっていたのはディナモの48年ぶりの戴冠であり、ゼニトとクラスノダールのファン以外はみなディナモに肩入れしながら事の顛末を注視していた。
優勝争いに加えて、順位表の下の方では5チームに2部への自動降格または入れ替え戦の可能性が残されていたため、リーグ戦を放送している『マッチTV』は全試合が同時刻にキックオフとなる最終節に特別編成で臨み、画面を最大で4分割して各地の試合を中継する異例な形でその熱狂を伝えた。
注目の2試合、クラスノダール対ディナモとゼニト対ロストフはいずれも前半を0-0で折り返したが、後半にドラマチックな展開が待っていた。52分にクラスノダールのエースFWジョン・コルドバが待望の先制点をもたらすと、わずか2分後にペテルブルクではロストフが得点を挙げ、この時点でクラスノダールが首位に。しかし、圧倒的に攻め続けていたゼニトが65分にすかさず同点に追いつき、勝利か引き分けで優勝が決まるディナモも1点を追いかけゴール前に迫る。この白熱した展開にコメンテーターは「これがロシア・プレミアリーグです! 我われの国でもこんなにエキサイティングなサッカーを見ることができるのです!」と絶叫。
そして、クラスノダールサポーターが祝杯へ向けたカウントダウンを意識し出した85分、ペテルブルクでは途中交代で入ったFWアルトゥールが土壇場で勝ち越し弾を突き刺し、ゼニトに歓喜の輪が広がった。ディナモは1点が遠く、クラスノダールでは両チームの選手たちが呆然としながら涙に暮れる。元ロシア代表監督のワレリー・ガザエフは「ディナモは引き分けでも良いという戦い方をしてしまった。すべては自分たちの手中にあったのに」と嘆き、『スポルト・エクスプレス』紙は「ゼニトには勝者のメンタリティが完全に備わっている」と敗れた2チームとの違いを強調した。
全クラブの営業収入は増益、上位勢の外国人獲得も以前の水準に
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Profile
篠崎 直也
1976年、新潟県生まれ。大阪大学大学院でロシア芸術論を専攻し、現在は大阪大学、同志社大学で教鞭を執る。4年過ごした第2の故郷サンクトペテルブルクでゼニトの優勝を目にし辺境のサッカーの虜に。以後ロシア、ウクライナを中心に執筆・翻訳を手がけている。