「自己決定」を貫く鎌田大地のラツィオ退団騒動は、契約短縮化の先駆ケース?
CALCIOおもてうら#19
イタリア在住30年、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えるジャーナリスト・片野道郎が、ホットなニュースを題材に複雑怪奇なカルチョの背景を読み解く。
今回は、鎌田大地のラツィオ退団騒動の背景にある価値観の相違、それが象徴する選手が自身のキャリアを「自己決定」することで起こる変化、ビジネスとしての関係性が強まるサッカー選手のプロフェッショナルとしての在り方について深堀してみたい。
日本代表・鎌田大地のクリスタルパレス移籍がイタリア国内で論議を呼んでいる。
昨シーズン末でフランクフルトとの契約を満了し、昨夏ラツィオと異例とも言える1年契約を交わして移籍した経緯は周知の通り。その契約には、選手側が一方的に行使できる3年延長のオプションが付随しており、その期限がさる5月30日だった。
鎌田サイドは、ラツィオに対して5月半ばまでに一度は契約延長の意思表示をしていたが、5月30日を迎えてもこのオプションを行使せず、逆に延長ではなく新たに1年契約を結び直すという条件での交渉を持ちかける。ラツィオはこれに対して強い不快感を示し、契約交渉そのものを打ち切る決断を下した。
それだけに留まらず、強化責任者のアンジェロ・ファビアーニSD(スポーツディレクター)が翌31日にクラブのオフィシャルラジオで、(ラツィオ側から見た)交渉の経緯を明らかにするとともに、鎌田サイドの新たな要求を「無礼で受け入れがたい恐喝」と断じて、強い口調で糾弾。その翌日にはクラウディオ・ロティート会長も『コリエーレ・デッラ・セーラ』紙に対して「鎌田?エージェントは1年契約と250万ユーロのサイニングフィーを要求してきた。我々から恐喝できると思ったら大間違いだ。(カネで動く)傭兵は全員追い出してやる」と息巻いた。
これを受ける形でマスコミやSNS上では「鎌田と彼のエージェントは無礼」「ラツィオに対するリスペクトを欠いている」「1年契約という要求は常識外れ」「鎌田のエージェントは強欲に過ぎる」といった、鎌田サイドの振る舞いへの批判や非難の声が目立っている。
確かに、ラツィオ側から見ればそれは許しがたいものかもしれない。しかし鎌田側から見れば、キャリア上の選択肢をできる限り広げた上で最良の選択を下し、そこから得られる利益を最大化するための、理に適った振る舞いだったということが可能だ。結果として「飛ぶ鳥跡を濁さず」とはいかなかったことも確かだが、今やこうしたケースは決して少なくないのが「カルチョメルカート劇場」の一面の真実ではある。
鎌田サイドは本当に「常識外れ」だったのか?
さて、この移籍劇がどういう性質のものだったかを理解するためには、まずその前提となる事情、すなわち鎌田が1年前にラツィオと1年契約を交わすにいたった経緯、さらにはそのラツィオで過ごしたシーズンの展開を押さえておく必要があるだろう。……
Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。