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本質はトレーニングの「個別化」であって「分解」ではない【エコロジカル・アプローチ視点の個の育成②】

2024.05.15

トレーニングメニューで学ぶエコロジカル・アプローチ実践編 #5

2023年3月の『エコロジカル・アプローチ』出版から約1年、著者の植田文也氏は同年に盟友である古賀康彦氏の下で再スタートを切った岡山県の街クラブ、FCガレオ玉島でエコロジカル・アプローチの実践を続けている。理論から実践へ――。日本サッカー界にこの考え方をさらに広めていくために、同クラブの制約デザイナーコーチである植田氏と、トレーニングメニューを考案しグラウンド上でそれを実践する古賀氏とのリアルタイムでの試行錯誤を共有したい。

第5回は、前回に続いてEDA(エコロジカル・ダイナミクス・アプローチ)の視点から考える個の育成について。なるべく個別化されたトレーニングを実行する、そして学習したものを機能的に試合へ転移させるためのポイントとは?

→#4 『どっちがどっち?』は『Which is which?』。個の育成の鍵はアトラクターにあり!【エコロジカル・アプローチ視点の個の育成①】 はこちら

トップアスリートは複雑なインタラクションの結果として創発される

古賀「では、みなが歩むべきゴールデンカリキュラムは存在しない?」

植田「選手を問わず同じトレーニング、年代を問わず同じカリキュラムを与えるというようなやり方(One Size Fits All Strategy:すべてに適合するやり方、と呼ばれる)は運動学習の個別性から考えて間違いだと言える。だからJクラブアカデミーだけではなく、部活動、街クラブ、大学などを経由してプロや代表選手になるようなパスウェイの複雑化は標準的なことだと思うよ。つまり、ゴールデンパスウェイも存在しなくて、人によっては部活動でより多様な経験を積んでおいて、後に何か特化するような経路を歩むのがより良かったりする」

古賀「日本代表で言えば、遠藤航選手、守田英正選手は中学部活動出身だし、伊東純也選手は部活と街クラブ、他にも大学経由の選手も結構いるよね。もちろんJクラブのアカデミーだけで育った選手もいるし。かなりパスウェイが複雑化している。先行経験と同じくらい遺伝も重要だと思うんだけど、遺伝的特性ももちろん関係するよね?」

植田「学力は50%、身長や体重は90%くらいが遺伝だと言われているように、運動能力も遺伝によるところが大きい。しかも、DNAに転写された情報は一卵性双生児以外は固有のもの。例えば、遺伝的に遅筋繊維が多く、心肺機能が優れている持久力タイプの選手と、速筋繊維優位でパワーとスピードに優れた選手では同じものを課題として与えられても学習速度が大きく異なるはずだよ」

古賀「それでいうと、遺伝的にこの子はこのスポーツに向いているというような判断も可能なの?」

植田「厳密な判断までは難しいと思う。トップアスリートたらしめるものは遺伝か環境か? Nature(先天的要因)か Nurture(後天的要因)か?という論争¹がある。ある研究者は遺伝が50%と言ってみたり、別の研究者は20%くらいしかないと言ってみたり。長年にわたってこの論争が繰り広げられているけど、“この論争の解決は難しい”が得られた結論かな。確かにバスケのトップ選手なら〇〇cmくらいは身長が欲しい、スプリント競技なら速筋繊維優位でなければ厳しいとかはあるけど、これはあくまで大まかな適性であって、こうした遺伝的特性を持つ選手の中から誰がエリートレベルまで上り詰めるかの判断は難しいと思う。なぜなら、後天的な要因が先天的な要因とインタラクト(相互作用する、掛け合わされる)してしまうからね」

1. Davids, K., & Baker, J. (2007). Genes, environment and sport performance: Why the nature-nurture dualism is no longer relevant. Sports medicine, 37, 961-980.

古賀「関連する例では長友佑都選手とかだよね。長友選手のようなおそらく(間欠性の)ランニングに向いている遺伝子を持っていても、彼が中学時代に陸上(駅伝部)に出会わなければ今のようなレベルには到達していない可能性がある、みたいなことかな?」

ロシアW杯では日本代表でトップとなる205回のスプリントを記録した長友

植田「そう。陸上競技の経験とサッカーの経験がインタラクトして、アップダウンを無数に繰り返せるSBとして仕上がったというような仮説ね。こういう運動能力が掛け合わさることを創発性と言うんだけど、これがマルチスポーツの利点であり、意図するところだね。でもどうだろう? 長友選手のようにランニングに優れた遺伝子を持っていても、そもそもサッカーに出会わなければその能力を活かせなかったかもしれない」

古賀「陸上に出会わなければ今のようなプレースタイルではなかったかもしれないし、そもそもSBを選ばなければその遺伝的特性が活かされなかったかもしれないしね」

植田「幼少期からのサッカーの経験×中学での陸上部での経験×ある年代からのSBへの特化がそろってはじめて今の長友選手が創発されたというのが大まかなイメージ。ダイビング部だったら今のようなレベルに到達していなかったかもしれない。でもファン・バステンはプラットフォームダイビングとFWで求められる能力が掛け合わさってアクロバティックなフィニッシャーとして仕上がった。そう考えると、遺伝だけでは決まらず、環境だけでも決まらない。遺伝、環境をはじめとするあらゆる要因の複雑なインタラクションの結果としてアスリートは創発されるんだろうね。

 ちなみに、『エコロジカル』という意味はこうした要因のインタラクションのことを指してるよ。生態系では様々な生物と環境が複雑に影響を与え合った結果、ある状態に落ち着いたり、ある制約(ある生物の増減、土壌や植物などの環境変化)が再び変化することで環境全体が変化したりする。そのインタラクション模様とか、ある安定状態(生態系のアトラクター)に落ち着く様子が人の運動学習そっくりだからね」

あらゆる環境制約は知らぬ間に我われの運動、人生を制約している

古賀「あと、競技によって先天的要因が大きい競技と後天的要因が大きい競技があるんじゃない?」

植田「あると思う。自分がサッカーが好きな理由はより後天的要因が大きいからかな。その理由は、サッカーのような自由度の高い競技では問題の解決法が多い傾向にあるから。高い位置でボールを持った場合、三笘薫選手ならスピードを使ったドリブルで仕掛ける、マレズならフェイントを使ったドリブルを仕掛ける、メッシなら味方を使ってコンビネーションでペナに侵入する、遠藤航選手ならスルーボールでシンプルにFWを使う。相手の守備を崩すという目的は同じでもソリューションは人によって千差万別。逆に言えば、遺伝的に伸長が大きい、足が速い、柔軟性がある子がいても、それで?って感じでしょ。問題の解決法が無数にあるんだから、遺伝的特性だけで判断するのは難しいと思うよ。特にサッカーのような自由度高めの競技では」

古賀「その国々でプレースタイルも、好まれる選手像も違っているしね。いつも思うんだけど、シャビとかイニエスタがドイツ人だったらプロになれていない可能性すらあると思う。FCバルセロナのボールを動かして相手を動かして侵入していくスタイルがボールコントロールや状況判断に優れたボランチ像を作り出したんじゃないかな。そういうコンテキストがない国や地域なら、もっと屈強で守備が上手い選手との競争に負けていたかもしれない。そういう意味であらゆる環境制約は中長期的に、または気づかないうちに僕らの運動を制約しているよね」

植田「そうだね。例えば、ブラジルの選手のトリッキーなプレーは、舗装されていないファベーラの凸凹のサーフェスに影響を受けていると。他にもビーチサッカーやフットバレーができる海岸が多いことにも影響されている。そもそもサッカーが浸透した理由はポルトガルの植民地だったという歴史的な経緯がある。そして、現代においてまでサッカーが人気な理由は、そもそもブラジルの気候がドライだからだと思う。もし、たくさん雨が降る地域なら野球の方が人気だったかもしれないし」

古賀「そういう意味で、文化、歴史、気候などの環境要因もその地域の人の運動様式をじわじわと制約するマクロスコピックな力があるよね。だから、ある競技を強くしたかったら環境制約を整えてタレントプールを分厚くしましょうという話はすごく納得。だけど、これだけいろんな要因が絡まると『天才』という言葉もすごく曖昧に感じるね」

植田「大谷翔平選手を見て天才だとか万能だとか言うよね。けど本当にそうだろうか? 一般的に背が低い方が活躍しやすい競技やポジション(野球の内野手、スノーボード、乗馬、フィギュアスケート、ボディビル)でも成功していただろうか? アーティスト、芸術家、経営者にはADHDやASDが多いと言われているよね。これらは障害と言われているけど、逆に常人にはあらざる力を発揮するからこうした職業に多いと言われている。結局、ある角度からみれば障害、ある角度からみれば才能。どの角度から見るか、どの環境に身を置くかによって呼び名が変わる。

 だけど、1つだけ確かなのは、『これらはあなたの人生を制約している』ということ。だからEDAでは身長が高かろうが、低かろうが制約と呼ぶ。パフォーマンスを生み出す源の一つでしかない。制約とは結局、その他のあらゆる制約に影響を受けて、ポジティブにもネガティブにも働くからね」

古賀「社会学者の宮台真司氏が、ASDについて語っていたことを思い出した²。ASDは人口学的に1割を占めるらしいんだけど、みなが『危ないからやめとけ』って言う時、『危ないのか、だったら俺はいく』って奴が1割いることで、集団的生存確率が上がり、それで個体的生存確率が上がったという。 ASDにしてもADHDにしても本当の意味での弱者だったら、淘汰されているはずだけど、現状そうではない。特異値込みで、人類の発展と自立があったわけで。そういう人たちの資質や力に対してどんどん見直しが出てきているというのは良いことだって言っているのを聞いて感動したんだよね」

2.【宮台真司】閉塞した社会で「幸福」を思考する(前編)

植田「種のバリアビリティだね」

古賀「自分自身も先天性心疾患を抱えて社会的弱者として生活してきたけど、エコロジカル・アプローチを通じて植田くんに『君の制約の中を生きればいい』って言ってもらえた時にすごく救われた。人と比較してできないことばかりに気がいっていたけど、制約があるからこそ気づいたこと、出会った人、至った考え方があるはずで、そこに自然と目が向くようになった。選手を観察する時も同じで、うまくいっていない時や葛藤している時のこちらの態度が変わった。『今は彼らの制約の中を旅しているんだな』って思うと、目の前の結果だけにとらわれず、落ち着いて彼らのありのままの姿を見ていられるようになった」

植田「一見盛り上がってないし、成立してないように見えるけど、プレーヤーが新たな動きを探索しているいい練習があるよね」

古賀「そうしたことを踏まえて話を戻すと、選手が持つ固有の制約を分析して、新しい制約を選手、指導者双方が設計していくことこそが本当の意味での成長につながるのかもしれないと感じている。学習者が持っている制約を考えた上で、課題とかアクションプランにつなげていけたらいいよね」

分解的で反復的なドリルよりも学習効果が高いスモールサイドゲーム

……

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Profile

植田 文也/古賀 康彦

【植田文也】1985年生まれ。札幌市出身。サッカーコーチ/ガレオ玉島アドバイザー/パーソナルトレーナー。証券会社勤務時代にインストラクターにツメられ過ぎてコーチングに興味を持つ。ポルトガル留学中にエコロジカル・ダイナミクス・アプローチ、制約主導アプローチ、ディファレンシャル・ラーニングなどのスキル習得理論に出会い、帰国後は日本に広めるための活動を展開中。footballistaにて『トレーニングメニューで学ぶエコロジカル・アプローチ実践編』を連載中。著書に『エコロジカル・アプローチ』(ソル・メディア)がある。スポーツ科学博士(早稲田大学)。【古賀康彦】1986年、兵庫県西宮市生まれ。先天性心疾患のためプレーヤーができず、16歳で指導者の道へ。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科でコーチングの研究を行う。都立高校での指導やバルセロナ、シドニーへの指導者留学を経て、FC今治に入団。その後、東京ヴェルディ、ヴィッセル神戸、鹿児島ユナイテッドなど複数のJリーグクラブでアカデミーコーチやIDP担当を務め、現在は倉敷市玉島にあるFCガレオ玉島で「エコロジカル・アプローチ」を主軸に指導している。@koga_yasuhiko(古賀康彦)、@Galeo_Tamashima(FCガレオ玉島)。

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