縦並びの2ボランチ=松本泰志&川村拓夢が広島の最適解?「セントラルMF+アンカー」システム考察
サンフレッチェ情熱記 第11回
1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始し、以来欠かさず練習場とスタジアムに足を運び、クラブへ愛と情熱を注ぎ続けた中野和也が、チームと監督、選手、フロントの知られざる物語を解き明かす。第11回は、G大阪戦からお披露目された松本泰志&川村拓夢の縦並びの2ボランチ=「セントラルMF+アンカー」システムを考察する。
「いい選手」松本泰志のジレンマ
松本泰志のポジションは、どこが適切なんだろうか。
鳥栖とのトレーニングマッチで1得点1アシスト。圧倒的なパフォーマンスを見せつけた背番号14の「置き場所」について、観戦した記者たちは首を捻っていた。3月23日、雨のホットスタッフフィールド広島(旧エディオンスタジアム広島)での出来事だ。
昌平高時代はトップ下でプレーしていた松本泰だが、2017年の広島加入後、ボランチへとコンバート。2019年には日本代表にも選出された。だが、その後は「いい選手」であることは間違いないものの、強いインパクトを残すまでには至っていない。
90分で13㎞を走る走力もある。2022年には3試合連続ゴールを記録したこともある。チームのために戦う意識も高いし、パスの精度も持っている。だが、選手としての強烈な武器を見せつけていたかというと、なかなか首を縦に振れない。昨年は何度も体調不良に襲われてコンディションが全く上がらず、17試合出場6試合先発0得点0アシストに終わっていた。
今季も開幕から4試合で出場は2試合、時間は11分間。ベンチにはずっと入ってはいるが、アクシデントが起きないと使ってもらえない雰囲気もあった。
ところが23日、鳥栖との練習試合でミヒャエル・スキッベ監督は「タイシはシャドーでもできる」というかねてからの主張を実行すると、14番は大爆発。流動性に満ちた圧倒的なパフォーマンスで鳥栖の主力チームを圧倒するプレーぶりに「ボランチよりもシャドーの方がいいのか」と思わざるを得なかった。
この日、スキッベ監督に「松本泰志は、前のポジションがいい感じですね」と聞いてみた。
「そうだね、彼のベストポジションは、トップ下かその1つ後ろかってところになるだろう。ボランチまで下がっちゃうと、それはちょっと違うかな。タイシの良さはそこでは出ない」
「シャドーで結果を残すのが生き残る道」満田誠の想い
この時、3月30日のG大阪戦は、松本泰がシャドーで投入されるのではと感じた。直近の神戸戦でピエロス・ソティリウが筋肉系の負傷により交代。彼自身は「大丈夫」と言ってはいたが、鳥栖とのトレーニングマッチには出場できず、G大阪戦での出場は無理なことは明白。前線のレギュラーを1人欠くことは確定していた。
ドウグラス・ヴィエイラは右膝の負傷で帰国中。開幕からシャドーを務めていた大橋祐紀は最前線でもプレー可能だから彼の位置を上げればいいが、そうなると1.5列目が空く。その候補として満田誠が挙げられるが、彼と川村拓夢のボランチコンビは決して悪くないように思えた。
ただ、第4節・神戸戦での満田は、少し攻め急ぎが目立っているようにも感じた。
「自分たちが主導権を握る展開だったらボールは回せますけど、神戸みたいに前からハイプレスできて、それを外せなかったりすると攻撃の展開は難しくなってくる。自分も含めて、もうちょっと止まらずに、動いてポジションチェンジしながらスペースを開けていかないといけないのかなって、感じました」
3月27日の練習後、満田は現状を冷静に分析していた。
「相手のプレスを1つ外したとしても、その後の攻撃のサポートが少なかった。多少は(形を)可変していかないと、攻撃は難しくなる。短いコンビネーションだったり、パスでの組み立ても作っていかなければいけない。サイドの選手が中に入ったり、シャドーの選手の動きに連動して(ボランチや他の選手が)動くってことが大事になってくる。
23日の鳥栖との練習試合に出た選手たちは、ポジションにとらわれずに動けていた。バランスにこだわりすぎてしまうと、相手もはめやすい。もちろん、いいポジションにいることも大切なので、(形と流動性と)どっちも織り交ぜながらやっていければ、相手も守備しにくくなるのかなと思います」
ここで少し間を置き、こんな質問を投げかけた。
「シャドーでプレーする満田選手が見たいんだけど」……
Profile
中野 和也
1962年生まれ。長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルート・株式会社中四国リクルート企画で各種情報誌の制作・編集に関わる。1994年よりフリー、1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でサンフレッチェ広島に関するレポート・コラムなどを執筆した。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。以来10余年にわたって同誌の編集長を務め続けている。著書に『サンフレッチェ情熱史』、『戦う、勝つ、生きる』(小社刊)。