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『どっちがどっち?』は『Which is which?』。個の育成の鍵はアトラクターにあり!【エコロジカル・アプローチ視点の個の育成①】

2024.04.18

トレーニングメニューで学ぶエコロジカル・アプローチ実践編#4

23年3月の『エコロジカル・アプローチ』出版から約1年、著者の植田文也氏は同年に盟友である古賀康彦氏の下で再スタートを切った岡山県の街クラブ、FCガレオ玉島でエコロジカル・アプローチの実践を続けている。理論から実践へ――。日本サッカー界にこの考え方をさらに広めていくために、同クラブの制約デザイナーコーチである植田氏と、トレーニングメニューを考案しグラウンド上でそれを実践する古賀氏とのリアルタイムでの試行錯誤を隔週連載として共有したい。

第4回は、「エコロジカル・アプローチ視点の個の育成」について「アトラクター」という概念から個人差が生まれる仕組みを掘り下げてみたい。

個の育成の鍵を握る「アトラクター」

植田「今回は、エコロジカル・ダイナミクス・アプローチ(以下EDA)の視点から日本サッカー界の課題と言われている『個の育成』について考えてみよう。今までの育成では一般的に軽視されてきた個別性に着目してみよう。例えば、カウンセラーとかライフコーチは大集団に対するワークはあまりやらないよね? スポーツの領域でも理学療法士、スポーツ心理学者、パーソナルトレーナーもマスに対する指導とか講義は補助的に行うだけだと思う」

古賀「確かに。クライアントが抱える問題は千差万別だから、大集団ではなく個人へのアプローチがより効果的だからね」

植田「そう。個人差の大きい領域への指導は本来1対1が最も個別性に着目しやすいと思う。そして、運動学習は学習者によって異なる方法と速度で成長する領域。2人として同じ成長パスは示さない個人差に満ち満ちた領域なんだ。EDAでは人間の運動行動はパフォーマー、タスク、環境の3制約によって出現すると考えるんだけど、運動学習において個人差が出る理由のうち代表的なものをそれぞれの制約に関してこんな風にまとめてるよ(表1)¹」

表1 学習に個人差が生じる要因

1. Button, C., Seifert, L., Chow, J. Y., Davids, K., & Araujo, D. (2020). Dynamics of skill acquisition: An ecological dynamics approach. Human Kinetics Publishers.

植田「この中からかいつまんでいくつか解説すると、まずは最も学習の個人差に影響与えるものの一つは先行経験だと思う」

古賀「その競技をやったことあるかないか、とか類似したスポーツをやったことがあるかとか?」

植田「そうそう。有名な指振り運動タスク²(あるテンポで両手の人差し指を左右に動かす)を例に取ると、左右の指を同じ方向に動かす同位相と真逆に動かす逆位相は安定してできる人が多いと思う。縦軸にミスの多さ(誤差)をとると、同位相(0˚)と逆位相(180˚)のところでミスが少なくなり谷のようになる(図1上段左)」

古賀「アトラクターね」

植田「その通り。システムが引き付けられる状態のことだね。例えば、右左の指で30˚だけ異なるように動かしていても、すぐに両手がそろった指振り運動に変化してしまう。つまり、0˚の同位相に引き付けられてしまう。球体が谷底に転がるようにね(図1参照)。だからアトラクター(引き付けるもの)。あらゆる複雑なシステムで使われる概念だけど、運動システムに関して言えば運動の癖(※)って感じかな」

※正式にはIntrinsic Dynamics(内在的/固有のダイナミクス)、または知覚-運動ランドスケープ(景観、景色)という用語で紹介されることが多い。当記事ではランドスケープという用語を主に用いるが、その時は図1に示すようなある特定のスキルに対する一連の山と谷の様子を想像してほしい。山は安定・機能的に実行できない領域(レペラー)、谷は安定・機能的に実行できる領域(アトラクター)を表している

図1 学習過程に個人差が生じる理由(シフトと分岐)

ある与えられたテンポで両手の人差し指を左右に振る。その時、片方の指がある角度だけ(0˚から180˚の範囲内)先行するような課題を与える。
上段:学習前において、それぞれの角度をどれくらい正確に安定して実行できるかを表している。左右で内-内、外-外と同じ方向に動かす同位相、内-外、外-内と逆方向に動かす逆位相においてはミスが少ないが、それ以外の角度ではミスが増える。よって、上段両図のように0˚と180˚のところに谷(アトラクター)があり、それ以外は正確に実行できない山(レペラー)が広がるようなランドスケープを描く(上段右図に関しては90˚のところにも第三のアトラクターが存在する)。
中段:学習時に観察された正解からの誤差(AE:誤差の絶対値)と、試行から試行における再現性の誤差(SD:標準偏差=バリアビリティ)を表している。中段の左と右のグラフでは縦軸AE、SDの最大値が異なる点に注意してほしい。
下段:学習後においてアトラクターランドスケープがどのように変化したかを表している。左図は真新しい第三のアトラクターを形成した模様(分岐)、右図は既存の第三のアトラクターをシフトさせて課題に対応した様子を表している。
2. Kostrubiec, V., Fuchs, A., & Kelso, J. A. (2012). Beyond the blank slate: routes to learning new coordination patterns depend on the intrinsic dynamics of the learner—experimental evidence and theoretical model. Frontiers in human neuroscience, 6, 27183.を参考に植田が和訳部分を加筆

新しい運動は、類似した動きの癖から学習しやすい

古賀「0˚から180˚まで無限のソリューションがあるにもかかわらず、人間は特定のコーディネーション傾向を持っていると?」……

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Profile

植田 文也/古賀 康彦

【植田文也】1985年生まれ。札幌市出身。サッカーコーチ/ガレオ玉島アドバイザー/パーソナルトレーナー。証券会社勤務時代にインストラクターにツメられ過ぎてコーチングに興味を持つ。ポルトガル留学中にエコロジカル・ダイナミクス・アプローチ、制約主導アプローチ、ディファレンシャル・ラーニングなどのスキル習得理論に出会い、帰国後は日本に広めるための活動を展開中。footballistaにて『トレーニングメニューで学ぶエコロジカル・アプローチ実践編』を連載中。著書に『エコロジカル・アプローチ』(ソル・メディア)がある。スポーツ科学博士(早稲田大学)。【古賀康彦】1986年、兵庫県西宮市生まれ。先天性心疾患のためプレーヤーができず、16歳で指導者の道へ。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科でコーチングの研究を行う。都立高校での指導やバルセロナ、シドニーへの指導者留学を経て、FC今治に入団。その後、東京ヴェルディ、ヴィッセル神戸、鹿児島ユナイテッドなど複数のJリーグクラブでアカデミーコーチやIDP担当を務め、現在は倉敷市玉島にあるFCガレオ玉島で「エコロジカル・アプローチ」を主軸に指導している。@koga_yasuhiko(古賀康彦)、@Galeo_Tamashima(FCガレオ玉島)。

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