新生・大分の片野坂監督が目指す「攻守シームレス」と「ギアを上げる」とは何か?
トリニータ流離譚 第10回
片野坂知宏監督の下でJ3からJ2、そしてJ1へと昇格し、そこで課題を突きつけられ、下平隆宏監督とともにJ2で奮闘、そして再び片野坂監督が帰還する――漂泊しながら試練を克服して成長していく大分トリニータのリアルな姿を、ひぐらしひなつが綴る。第10回は「シン・カタノサッカー」の船出から見えた手ごたえと課題を、指揮官の言葉を交えて伝えたい。
J2第1節・ベガルタ仙台戦、同第2節・横浜FC戦と、大分トリニータは開幕からホーム連戦で今季をスタート。仙台とは1-1、横浜FCとは0-0で分け、初勝利は3月10日にアウェイで挑む第3節・藤枝MYFC戦以降へと持ち越された。
3シーズンぶりに帰ってきた片野坂知宏監督が指揮を執るとあって、注目度も高かったと思われる。2016年から6シーズンにわたった前回就任時には、現在は北海道コンサドーレ札幌を率いるミハイロ・ペトロヴィッチ監督の「ミシャ式」を源流に、「カタノサッカー」と呼ばれる独自のスタイルを丁寧に辛抱強く築き上げた。ポゼッション志向から繰り出す擬似カウンターや流麗な1トップ2シャドーのコンビネーション、最大限に幅を使ったサイド攻撃といった、指揮官のデザイン通りの様式美がピッチで表現された時の快感は大きく、また、それを実現するために対戦相手によって細やかに可変するなどのシステマティックな仕組みも、「カタノサッカー」の大いなる魅力だった。大分を離れた後に率いたガンバ大阪では片野坂監督らしさをなかなか発揮できなかったが、その後に解説者としての日々も経て自らの哲学をブラッシュアップした名将が、今度はいかなるフットボールを見せてくれるのかと、期待を寄せられてのスタートとなる。
可変している? orしていない?
大分で2度目の就任にあたり、すでに就任会見の場から指揮官自身が、過去に築き上げた「カタノサッカー」とは全く異なるスタイルを目指すことを明言していた。
ハイプレスからのショートカウンター、ロストからの即時奪還と、4局面を途切れずに走り続ける「攻守シームレス」がそのキーワードとなる。それはコロナ禍によるレギュレーション変更にも影響されて世界的にフットボールの傾向が変化している時流を踏まえ、かつて代名詞のようだったシステマティックな様式美をスクラップするという宣言でもあった。
それでもやはり、過去のイメージが強いからだろうか。開幕の仙台戦終了後、観戦した複数のサッカー関係者から「3バックに可変していたよね?」といった声が、筆者の元に届いた。今季のシステムは[4-2-3-1]だ。その右SBにCBを本職とする藤原優大を配置したこともあってか、攻撃時には時計回りにスライドして左SBの香川勇気を一列上げた3バックに変形していると見えたようだった。
だが、それはいわゆる「深読み」に過ぎない。現象としてそうなっている時間帯があったことも事実だが、それは選手が自らの判断の下でそういう立ち位置を取っていただけで、今季の指揮官はそういうシステマティックな仕組みの指示を、極力抑制している。念のため、仙台戦後に片野坂監督自身に「可変してませんよね?」と確認したが、答えはやはり「はい、全く」だった。
期待していたのは「藤原らしい右SB像」
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Profile
ひぐらしひなつ
大分県中津市生まれの大分を拠点とするサッカーライター。大分トリニータ公式コンテンツ「トリテン」などに執筆、エルゴラッソ大分担当。著書『大分から世界へ 大分トリニータユースの挑戦』『サッカーで一番大切な「あたりまえ」のこと』『監督の異常な愛情-または私は如何にしてこの稼業を・愛する・ようになったか』『救世主監督 片野坂知宏』『カタノサッカー・クロニクル』。最新刊は2023年3月『サッカー監督の決断と采配-傷だらけの名将たち-』。 note:https://note.com/windegg