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「ゴールは真ん中にある」「CBを攻撃する」…イランのロングボール攻撃で再認識したサッカーの原理をめぐるジレンマ

2024.02.21

新・戦術リストランテ VOL.3

footballista創刊時から続く名物連載がWEBへ移籍。マエストロ・西部謙司が、国内外の注目チームの戦術的な隠し味、ビッグマッチの駆け引きを味わい尽くす試合解説をわかりやすくお届け!

現代サッカーではGKからのパントキックやCBからのロングボールなどイーブンボールの競り合いではなく、自分たちでコントロール可能なビルドアップを重視するという大きな傾向がある。ところが、アジアカップで日本代表が苦しめられたのはロングボールやロングスローだった。第3回は、イランのロングボール攻撃で再認識したサッカーの原理をめぐるジレンマについて考えてみたい。

サイド攻撃は「急がば回れ」?「本末転倒」?

 「ゴールは真ん中にある」

 バイエルンのリベロとして名を馳せていたころのフランツ・ベッケンバウアーの言葉である。「地球は青かった」とか「そこに山があるから」と似ていて、当たり前のことを言っているのに、それなりの人が言うとやけにカッコよく聞こえる。

 もちろん、“皇帝”がただ周知の事実をいきなり話し出したのではなく、「バイエルンはなぜ中央突破ばかり狙うのか?」という世間の疑問への回答がこれだった。

 1960~70年代当時、ドイツのサッカーは「攻撃はサイドから」がセオリー。その後もしばらくはそうだった。だから中央から攻めるバイエルンは珍しく、ある種異端児扱いされていたのだ。

 リベロのベッケンバウアー、MFウリ・ヘーネス、CFゲルト・ミュラー。バイエルンはフィールド中央の縦軸にスーパーな3人がいた。だから3人を経由して中央から攻めていて、それが非常に効果的でもあった。ベッケンバウアーからすると、わざわざ遠回りして攻撃する必要がないと思っていたのだろう。そもそも「ゴールは真ん中にある」のだから。

1973年にテレビ番組で対談するヘーネスとベッケンバウアー

 とはいえ、どのチームもバイエルンのような強力な縦軸を持っているわけではない。まずはボールを前進させるために相手の守備の薄いところへボールを進め、しかるのちに中央へのラストパスを試みるというのが、遠回りに見えて結局のところ効率がよいと考えられていた。ドイツにそういう諺(ことわざ)があるかどうかは知らないが、「急がば回れ」だ。

 一方、「本末転倒」という言葉もある。きれいにパスをつなごうとするあまり、ボールはペナルティエリアの外側をめぐるばかりで、いっこうにシュートに結びつかないという現象を我々は飽きるほど見てきた。華麗なるパスワークの末にゴールがどこにあるのかわからなくなる。一流のチームでも陥りがちな穴。ボールを保持さえしていれば攻撃はされないし、全体的には有利な立場になるという前提も、強固な守備とカウンターアタックの進化の前に現在ではかつてほどの説得力はなくなっている。

 結局のところ、サイドにボールを進めやすいのは、そこが守備側にとって攻めさせてもいい場所だからだ。守備の優先順位は中央であり、そこが脅かされない限り失点の恐れはほぼない。「ゴールは真ん中にある」を明確に認識しているのは守備側であり、攻撃側はときどきそれを忘れている。

「CBを攻撃する」を愚直に実行したイラン

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Profile

西部 謙司

1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』(小社刊)が発売中。

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