ピッチの中も外も「対応力」の時代。ロングスロー論争が無意味である理由
喫茶店バル・フットボリスタ ~店主とゲストの本音トーク~
毎号ワンテーマを掘り下げる月刊フットボリスタ。実は編集者の知りたいことを作りながら学んでいるという面もあるんです。そこで得たことをゲストと一緒に語り合うのが、喫茶店バル・フットボリスタ。お茶でも飲みながらざっくばらんに、時にシリアスに本音トーク。
今回のテーマは「『未来のフットボール』の論点」。雑誌最終号の感想から、「対応力」という現代サッカーのポイント、それを踏まえて全国高校サッカー選手権大会の総括やアジアカップの展望について語り合った。
※無料公開期間は終了しました。
今回のお題:フットボリスタ2024年1月号
「『未来のフットボール』の論点」
店主 :浅野賀一(フットボリスタ編集長)
ゲスト:川端暁彦
巨大ビジネスになったフットボールの歪み
川端「マスター、雑誌の定期刊行がなくなったせいでテーマがないんだけど、このバルはどうすればいいんだ?」
浅野「来月のWEBリニューアル後は月1で大きな特集をやっていくので、それをテーマにやっていきましょう。ちなみに、2月は『スタジアム特集』を考えています。今回は全国高校サッカー選手権大会とアジアカップの2つがテーマでどうですか」
川端「おお、そうなんですね。じゃあその前に、まずは昨年末に雑誌最終号を出し終えての感想を聞きたいですね」
浅野「『未来のフットボールの論点』特集を作ってみてあらためて思ったのが、フットボリスタが創刊された2006年からの20年弱でサッカーというスポーツは大きく変わったな、と」
川端「それは例えばどういう意味で?」
浅野「ピッチ上の事象もそうなんだけど、一番はメディアや社会の変化とも絡んでの部分ですね。最近だと日本でもDAZNの値上げが話題になっていましたが、『Sky』ら3社が独占契約しているプレミアリーグの国内サブスク料金はもっと高くなっていますし、確実にサッカーが贅沢品になろうとしているんだな、と」
川端「確かにこの20年で『サッカー界がお金持ちになった』のはありますね。日本は必ずしもそうじゃない部分もありますが(笑)、世界の大きな潮流としてはまさにそうです。動くお金のケタが変わって、それによってサッカーを取り巻く環境面の変化も凄まじいですもんね」
浅野「巨大ビジネスになったことでの歪みも大きくなりましたね。代表とクラブの選手の取り合い、そこにFIFAやUEFAも絡んでのW杯のリニューアルやネーションズリーグの設立、クラブW杯の拡大などが絡み、過密日程化は加速するばかり。それぞれが環境に適応して生き残ろうとしているゆえの決断なので、誰かが悪いとは言い切れない状況なのも、あらためて難しいなと感じましたね」
川端「そういう葛藤を続けながら自分で自分の尻尾を食べていくウロボロスにはならず、大きくなり続けてるのがサッカー界のここまでではありますね。ただ、それがどこまで持続的なのか訝しむ声も根強いですし、個人的には懐疑的になりつつあるところではありますが。やっぱり、サッカーを『観る』という体験自体を一般市民から取り上げてしまうのは致命傷だと思いますし」
浅野「現実的にはFIFAなりUEFAなりがサラリーキャップを設定したり、移籍金の上限を決めたりして人件費を抑える方向性を打ち出すしかないと思いますが、弱肉強食のヨーロッパスポーツであるサッカーは本質的にそういう中央集権的なコントロールが効きにくいし、そうした施策は経済的な成長を抑制する部分もあるからなおさら難しいね」
川端「いや、そういうフタをかぶせようとする改革がうまくいくはずがないんですよ、そもそも。だって、うまいこと網の目をくぐったクラブが勝つだけだから。実際過去の試みもそうなっているでしょ。全然本質的じゃない策なのに、それがまるで『正しい策』かのように扱われちゃうあたりに無理があると思います。理想通りに実現できれば『正しい』のかもしれないけど、どうせ理想通りには実現せず、正直者が馬鹿を見る策は『正しくない』ですよ。Jリーグとかの制度設計でもやりがちですけどね。一方で、本質的にサッカークラブの経営には高いギャンブル性があるので、金持ちの道楽的な要素じゃない方向性となると、アメリカンスポーツ化しかないのかなというのは普通に至る結論ですよね。いま問題にされかけているのは、そういう部分だと思う」
浅野「いや、俺も難しいとは思いますよ。ただ、拡大路線はずっと続かないからね。サッカーは世界中にファンがいるグローバルスポーツだからビジネス化を洗練させれば収益拡大の可能性が大きいとアメリカのファンドのお金が入って、同時に国家ブランディングとして中東マネーが入り、サッカー界の中に流れるお金は急激に増えている。でも、川端さんの言う通り『勝たないと、売り上げを維持できないギャンブル的なビジネス構造』なので、勝つために選手の取り合いが起こり、移籍金や給料などの人件費ばかりが膨らみ、サッカークラブの経営は持続可能なものではなくなりつつあります。現状の昇降格があるオープンな構造を維持するなら人件費にフタをする制度を作るしかないし、あとはアメリカンスポーツ方式のクローズドなスーパーリーグを作ってギャンブル的なビジネス構造自体を変えるという選択肢になってくるのかな、と」
川端「そもそも『高度に均衡させる』、みたいなアメリカの価値観はサッカーには合わないと思うけどね。強くてお金持ちのレアル・マドリーのようなチームを倒すこと、あるいは挑戦すること自体が楽しいというのは、間違いなくサッカーの持つ娯楽性なんだし」
浅野「それはそうだね。アメリカ資本がクラブ経営に入ることでアメリカンスポーツの経営的なやり方は取り入れられてきているんだけど、それがコンペティションの設計にまで及んでしまうとサッカーが本来持っていた魅力が削がれちゃうからなあ。ただ、どこかでバランスを取る必要はあるなと『未来のフットボールの論点』という最終号の特集を作っていて、あらためて思いました」
FIFAが統制する中央集権型の先にある、新しい仕組みの模索
川端「でもそれは誰かが企図した『バランス』ではないんでしょうね。そんな突き抜けたリーダーシップはもうサッカー界で成立し得ないですから。FIFAやUEFAがしっかり主導権を握れた時代はこの20年で崩れました」
浅野「うん、考えたくないけどスター選手が再起不能レベルの大ケガをして世論が動くとか、そういうことがきっかけで落ち着くべきところに落ち着いて行くんだと思う」
川端「それはちょっとスポーツ的に過ぎる見方かなと思います。お金持ちの皆さんは、スター選手を酷使する以外にもっと儲ける方策を見つけた時にそちらを選択するということだと思います。少ない試合数でたくさんの利益をあげられる形を見出せるとか、あるいは、前にもちょっと言ったけど、サッカーのルール自体を変革させて、交代での出入りを自由にして、試合を4分割するクオーター制にしちゃうとかね。フットボールがかつて多様な形に分化していったり、バスケットボールの世界でNBAだけが独自のルールになっていったりしたように、欧州スーパーリーグが独自の『新しいサッカー』を採用している未来とかは普通にあると思うんですよね」
浅野「現状、多くのサッカーファンは一部のクラブだけが利益を享受するスーパーリーグのような発想やクオーター制レベルのルール変更は拒否反応が強くて実現しないんじゃないかな。欧州スーパーリーグ構想への反発はすごかったしね。そこに至るストーリーを作ってファンを巻き込んでいかないと、某中東のリーグみたいに誰もいないスタジアムでプレーすることになりかねない。なので、何らかのきっかけで世論が動けば……というイメージかな。いずれにしても、プレミアリーグの選手とか、あのインテンシティであの日程を戦い抜くのはもはや無理でしょ」
川端「いまサッカーのルールを決める権利をいまはFIFAが持っているわけだけど、そこを切り離して独自の『サッカー』を新リーグで展開する未来もあり得るよね、ということです。『アメリカンフットボール』を作った国の人たちが主導権を握っていく未来において、ね。サッカーはFIFAが頂点に立って統一的な秩序を維持してきたスポーツだけど、砂上の楼閣の部分があるわけじゃないですか。『代表に参加させないぞ』みたいな脅しもどこまで有効であり続けられるか」
浅野「昨年12月の欧州司法裁判所の判決でFIFAやUEFAが独立コンペティションの設立やそれへの参加を禁じることが否定されたからね」
川端「実際に米国のNBAやMLBの選手たちは向上的な代表活動に参加しなくても社会的な『トップスター』にあり続けているわけで。新リーグのスター選手は、代表の試合に出るにしても『世界大会本番だけ』みたいな未来になる可能性は実際あると思うよ。もちろんすぐそうなるということではなく、将来においての可能性として十分にあり得る」
浅野「確かに何らかの動きは出てくると思います。インターナショナルマッチデーの削減とかは、すぐにでもあるかもね」
川端「その未来においては、日本の2050年W杯優勝の可能性について別の意味が出てくるかもしれない(笑)。サッカーファンは野球のWBCを馬鹿にする傾向があるけど、サッカーの未来もそっちの方向かもしれんのよ。トップスターのうち、出たい奴だけ出る。しかもスポット参戦。そんなナショナルチームの大会が一般的になっている未来もあるかもしれない」
浅野「すでに2026年の48カ国参加のW杯の時点でかなり大きな変更ですからね。2050年のW杯が今の『格』を維持しているかはわかりませんからね」
川端「それも放映権料でより安定して稼ぐための手段というか、割りと苦肉の策なんだろうね。欧州勢、アメリカとか中東の有力国とかが出場逃してほしくないし、中国とか東南アジアの成長国とかも出てほしいんだろうなあ。それこそアメリカ合衆国が出場を逃してもらっては困るわけで。そのうち、アメリカの大学入試みたいに『多額の放映権料を払った国は予選免除』みたいになったりして」
「試合の中の小さな試合」を前提にしたゲームプランとは?
浅野「さすがにそんな反スポーツ的な手段が認められることはないと信じたいが、『選手保護』という大義名分があれば、いろんなルール変更は行われていくんだろうね。交代枠のさらなる増加もあり得るんだろうし」
川端「ハーフタイムでの交代は無制限で交代枠を使わないみたいなルールは日本含めた育成年代で見られる形だけど、これがプロリーグのルールになったりもするのかもしれない。ただ、交代枠の増加は本質的な解決には程遠いから、次は『再交代OK』だと思うな。ベンチに下げた選手をもう一回、投入できる」
浅野「バスケやアイスホッケーだな(笑)。そうなれば1番セット、2番セットとかの戦術もできる」
川端 「『セットプレーの時だけ投入』とかね(笑)。先の全国高校サッカー選手権でも顕著だったけど、いまは『時間帯に応じた戦術』みたいな考え方が主流になってきたじゃないですか。あれをもっと極端にしていく未来はあり得るなと感じたよ。コロナ禍以降の選手交代ルール緩和は間違いなくそうした傾向に拍車をかけたわけだし」
浅野 「『モダンサッカー3.0』の著者で、このたびペルージャの監督に就任したアレッサンドロ・フォルミサーノは川端さんの言っているようなことを『試合の中の小さな試合』と表現していて、90分間の中で75分間劣勢でも、15分間の優勢だけで試合に勝つことができると指摘しています。レアル・マドリーがまさにそうだ、と。その文脈でカタールW杯での森保監督の日本代表も褒めてくれていました」
川端「逆にそこを作らせないとか、そういうチームに対して『15分だけどうしのぐか』という構図もあるよね。そこで90分間一辺倒のスタイルだと、カタールW杯のスペインがそうだったように、やっぱ喰われちゃう」
浅野「だからフォルミサーノは、昨年9月に行われたドイツ代表との再戦での日本代表の戦い方も絶賛してたね。前後半で戦い方を大きく変えた柔軟性を評価していました」
川端「そういう意味では、森保ジャパン的な考え方が高校サッカーに与えた影響も感じたかな。変化に対応できるチームが生き残る」
浅野「相手との噛み合わせ、ビルドアップやプレスのやり方、時間帯や展開に応じた柔軟な戦術運用は、今のサッカーのトレンドだと思います。今の日本代表の強さも、まさにそこにある」
川端「で、そうなってくると、ベンチからの指示待ちだと間に合わないし、徹底されないんだよね。特に高校サッカー選手権みたいに観客がたくさん入って大騒ぎしているスタジアムだと尚更で。だからピッチ上の選手たちで決断して戦い方をアレンジできないチームは、やっぱりもう勝てない。ベンチからの戦術を待っていいのはハーフタイムだけ。ただ、後半開始と同時に相手もまた変えてくるわけだから、ハーフタイムの監督の指示も白紙にしないといけないことがしばしば起きる。そこに対応できないチームはやっぱ勝てないよね。どんな名将でもすべてを予想して準備できるもんじゃないし」
浅野「それはそうだよね。あらゆるケースを想定してあらかじめ練習しておくというのは現実的じゃない」
川端「非効率だしね。しかも選手権は中1日の連戦だから。優勝した青森山田の正木昌宣監督が『リーグ戦なら1週間相手を分析して試合で起きることを想定して準備できるけど、選手権はそういう戦いじゃない』と言っていて、これは本当にそうだと思う。W杯もそうだよね。昨年のU-17W杯も中2日の連戦だから、初戦以外は1回しか練習できなかった。それでアルゼンチンみたいな引き出しの多いチームの対策なんて絶対に徹底できない(笑)」……
Profile
川端 暁彦
1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣『エル・ゴラッソ』を始め各種媒体にライターとして寄稿する他、フリーの編集者としての活動も行っている。著書に『Jの新人』(東邦出版)。