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「三戸ちゃん」から「三戸さん」へと進化するための決断。アルビレックス新潟と三戸舜介の幸福な3年間

2023.12.27

大白鳥のロンド 第6回

アルビレックス新潟で3シーズンを過ごした俊英が、いよいよ海を渡る。選んだクラブはオランダのスパルタ・ロッテルダム。「三戸ちゃん」としてオレンジのサポーターに愛された三戸舜介は、ヨーロッパの舞台へと身を投じる決断を下した。来年に控えたパリ五輪での活躍にも注目が集まる21歳を、ルーキーイヤーから見守り続けてきた野本桂子が、これまでの成長とここからの期待を筆に込めて、過不足なく綴る。

本間至恩、伊藤涼太郎に続く欧州挑戦を決断!

 新潟から世界へ。

 12月22日、J1アルビレックス新潟のMF三戸舜介が、オランダ1部のスパルタ・ロッテルダムに完全移籍することが公式発表された。

 すでにシーズンは終了しており、会見等で直接本人から話を聞くことはかなわず。プレスリリースを通じ、三戸のコメントが届けられた。

 「プロとして歩み始めたとき、自分が海外でプレーすることは、ぼんやりとした夢でしかありませんでしたが、日本のトップレベルや世界のレベルを体感するほどに、もっと上に行きたいと感じ、夢はいつの間にか目標となっていました。そして、このたびいただいたチャンスに挑戦したいと強く思い、一度きりの人生だからと海外でプレーすることを決断いたしました」と移籍を決断した思いを明かしている。

 「正直に言うと、大好きな新潟を離れることは本当に寂しいです。それでも、目指していた場所に挑戦することを決めました。わがままかもしれませんが、これからも応援してほしいです」というコメントを読めば、応援していた人々も、寂しい気持ちをぐっとこらえて応援したくなる。実際、三戸に向けて寄せられているコメントも、温かいものばかりだ。

 新潟から直接、世界への扉を開く。それが何より、新潟に関わる者にとって誇らしいことだ。

 かつて、2010年に矢野貴章(フライブルク/ドイツ)、12年に酒井高徳(シュツットガルト/ドイツ)、14年にキム・ジンス(ホッフェンハイム/ドイツ)、15年に田中亜土夢(HJKヘルシンキ/フィンランド)という実績はあった。

 それからしばらく途絶えていたが、直近2シーズンは3人の若手が新潟から欧州へと旅立った。22年夏に本間至恩(クラブ・ブルージュ/ベルギー)、今夏に伊藤涼太郎(シント=トロイデンVV/ベルギー)、それに続いて三戸。新潟の先輩2人がプレーしているベルギーの隣国、オランダへと降り立った。

 「自分は小さいので、大きい人に勝つためには体を大きくするより、アジリティのトレーニングに力を入れてきた」という三戸は、164cmの小柄なアタッカー。うまく間でパスを引き出し、ボールを持てば足元のテクニックとスピードを生かしたドリブルでゴールに迫る。またパンチのあるミドルシュートでもスタジアムを沸かせてきた。新潟では主に[4-2-3-1]の左サイドハーフを務めるが、トップ下や右サイドハーフでもプレー。年代別代表では[4-1-2-3]の左右のサイドハーフやインサイドハーフでプレーしている。

2023シーズンのJ1第10節、FC東京戦でボールを運ぶ三戸。年間通してのドリブル数84回、シュート数64回はともにダントツのチームトップで、31試合4ゴール2アシストを記録した(Photo: Takahiro Fujii)

12歳で故郷・山口を後にして、JFAアカデミー福島に入校

 山口県出身の三戸は、小学3年生のときに地元の原サッカー少年団でサッカーを始める。毎日暗くなるまで夢中になって練習し、小学5年生の頃には地域のトレセンにも選ばれるようになった。この時期、同郷の田中陽子(現・仁川現代製鉄)を特集したテレビ番組を見ていると、彼女が通っていたJFAアカデミー福島が紹介されていた。

 日本サッカー協会が運営する、中高一貫のエリート選手育成機関。田中はそこを経てINAC神戸へ加入していた。「面白そうじゃない?」。一緒に見ていた父・修以知さんに言われた三戸は、「サッカーがうまくなりたい。ここでやってみたい」という気持ちがふくらみ、ますます練習に熱を入れる。そして、300名弱の受験者の中から合格を勝ち取り、JFAアカデミー福島U-15へと進んだ。

 12歳で故郷・山口を離れるにあたり、修以知さんからは「行くなら上を目指せ」と背中を押された。試合に出られず悩んだ時期もあったが、父との電話で叱咤激励されながら練習に励む中で、U-15日本代表に招集された。同年代のレベルの高い選手のプレーに触れたことで、自分自身に求める基準は上がった。

 アカデミーに戻っても、常に「このままでいいのかな」「このままじゃ、また代表に呼んでもらえない」と自分に問いかけながら、練習に取り組み続けた。本格的に、プロになりたいという思いも持つようになった。アカデミーのU-18でもコンスタントに年代別代表に招集され、ブラジルでのU-17W杯も経験。卒業後はアルビレックス新潟への加入が決まった。

 リリースされたコメントの冒頭で、三戸は「アルビレックス新潟が自分のことを迎え入れてくれたことが、すべての始まりだと思っています。とても素晴らしいクラブの雰囲気の中、成長を求めて努力し続けるチームメイトと切磋琢磨してきました。だからこそ、今があります。本当にこのチームを選んで良かったです」と感謝を述べている。

アルベル監督と温かい先輩たちに囲まれてのびのびと育ったルーキーイヤー

 本当に出会いに恵まれ、のびのびと成長した3年間だった。

 ルーキーイヤーにチームを率いたのは、新潟就任2年目のアルベル監督。FCバルセロナの育成組織で10年に渡り要職を務め、久保健英(ソシエダ)やアンス・ファティ(ブライトン)を発掘した実績を持つスペイン人指揮官は「日本の若い選手の能力は、欧州と比べても遜色がない。足りないのは戦う経験」と説き、積極的に若手を起用するタイプだった。

2023シーズンのJ1第10節、FC東京戦で当時敵軍を率いていた恩師、アルベル監督と再会して抱擁をかわす三戸(Photo: Takahiro Fujii)

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Profile

野本 桂子

新潟生まれ新潟育ち。新潟の魅力を発信する仕事を志し、広告代理店の企画営業、地元情報誌の編集長などを経て、2011年からフリーランス編集者・ライターに。同年からアルビレックス新潟の取材を開始。16年から「エル・ゴラッソ」新潟担当記者を務める。新潟を舞台にしたサッカー小説『サムシングオレンジ』(藤田雅史著/新潟日報社刊/サッカー本大賞2022読者賞受賞)編集担当。24年4月からクラブ公式有料サイト「モバイルアルビレックスZ」にて、週イチコラム「アイノモト」連載中。

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