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アーセナルの左SBに求められる“偽SB”以上の役割。シティ戦とチェルシー戦から冨安の現在地と未来像をたどる

2023.10.31

せこの「アーセナル・レビュー」第5回

ミケル・アルテタ監督の下で一歩ずつ着実に再建を進めているアーセナル。その復活の軌跡をいち”グーナー”(アーセナルサポーターの愛称)でありながら、様々な試合を鋭い視点でわかりやすく振り返っているマッチレビュアーのせこ氏がたどる。

今回は23-24プレミアリーグ第10節シェフィールド・ユナイテッド戦で入団3年目にして待望の初得点を挙げた冨安健洋に焦点を当てながら、アーセナルの左SBに求められる役割を紐解く。

 2021年8月、アーセナルはプレミアリーグ開幕3連敗で絶望の中にいた。当時のスカッドを思い出しても、今よりも手薄感が否めない。特に右SBはセドリック・ソアレス、カラム・チェンバースの両名のパフォーマンスが振るわず、個人のミスから簡単に得点を許してしまうエラーを引き起こしており、チームの泣きどころとなっているポジションだった。

 悪夢のような序盤戦を受けて夏の移籍期間最終日に、ボローニャから迎え入れられたのが冨安健洋である。当時、移籍の噂が話題になった8月31日のことは今でもよく覚えている。あまり海外サッカーを見ないJリーグファンの友人に「冨安ってアーセナルで出場機会を確保できるの?」と質問され、迷わず「右SBなら間違いなくレギュラーを争える」と即答した。筆者だけではなくその当時のアーセナルファンの多くが思っていたことではないだろうか。それだけ右SBの新戦力補強が急務だったのだ。

 多くのアーセナルファンが予想した通り、2021-22シーズンの冨安は瞬く間に右SBのレギュラーに君臨。デビュー初戦でいきなりシーズン初勝利をもたらした救世主としても扱われ、年末にふくらはぎの負傷に見舞われるまで、高さ、速さ、強さの三拍子がそろったDFラインの柱としてチームに定着した。

21-22プレミアリーグ第4節ノリッチ戦でアーセナルデビューを飾った冨安。通算では65試合に出場中で、その内訳は右SBが41試合と一番多い

 あれから2年、今の冨安は左右中央でのプレーも問わないDFのマルチロールとして他の誰とも異なる存在感を発揮している。2年前とは状況は違うかもしれないが、アーセナルにとって必要な部分を確かなクオリティで埋めているというところに関しては2年前とまったく変わっていない。

 現在の主戦場は左SBだ。同じポジションを争うジンチェンコは精度の高い縦パスとオフ・ザ・ボールでのパスの引き出し方に優れた特化型。冨安からすると対人守備やクロスへの対応の部分ではアドバンテージがある。アルテタ監督はまったく異なる特徴を持つ2人を局面ごとに使い分けている。

アーセナルの左SBに求められる4つの役割

 現在、より長いプレータイム(710分)を与えられているのはジンチェンコの方である。その理由としては今のアーセナルの左SBに求められる役割がその特性によりマッチしているからだろう。

 基本布陣が[4-3-3]のアーセナルは昨季後半戦からビルドアップに[3-2-5]の形を採用。左SBの役割はこの中でも最も特徴的で可変が大きく、4バックの左端から斜め中央に絞ってアンカーの隣からゲームメイクをするいわゆる“偽SB”を担っている。

 しかし、このタスクはMFとして育成を受けたジンチェンコからすれば日常的。マンチェスター・シティ時代にペップ・グアルディオラ監督から左SBにコンバートされ、ウクライナ代表でもダブルボランチの一角を務めている彼にとって、中盤でのプレーはお手のものだ。

昨夏にシティから加入したジンチェンコ。独特なボールタッチから左足で内側に差し込む鋭い縦パスでアーセナルの前進を加速させる技巧派だ

 翻って冨安はアビスパ福岡の下部組織時代にCBとしての将来を見据えて中盤の底に置かれた過去を持つものの、欧州では未経験。前が空いている時に左右両足から繰り出すキックの精度は、すでにアーセナル加入当初から光るものを感じていたが、厳しいマークに遭うことも珍しくない現代のボランチは、相手に距離を詰められながらでも配球できるボールスキルやポジショニングセンスが求められる。

 それだけではなく今季のアーセナルの左SBは、その“偽SB”以上のものを求められている。基本的にはアンカーの隣に立ちはするが、そこからの味方の特性や相手の特徴次第で動き直しのアクションを取る必要があるからだ。……

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Profile

せこ

野球部だった高校時代の2006年、ドイツW杯をきっかけにサッカーにハマる。たまたま目についたアンリがきっかけでそのままアーセナルファンに。その後、川崎フロンターレサポーターの友人の誘いがきっかけで、2012年前後からJリーグも見るように。2018年より趣味でアーセナル、川崎フロンターレを中心にJリーグと欧州サッカーのマッチレビューを書く。サッカーと同じくらい乃木坂46を愛している。

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