「夢がかなった」加藤陸次樹の古巣復帰への過程【2023夏、広島に起こった移籍ドラマ前編】
サンフレッチェ情熱記 第4回前編
1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始し、以来欠かさず練習場とスタジアムに足を運び、クラブへ愛と情熱を注ぎ続けた中野和也が、チームと監督、選手、フロントの知られざる物語を解き明かす。第4回は、2023年夏に起こった約2週間の濃厚な移籍市場でのドラマをレポートする。前編は紆余曲折の末に古巣に帰って来た加藤陸次樹の物語を伝えたい。
身長167センチのブラジリアン・アタッカーがクラブハウスから出てくると、サポーターから大きな拍手と歓声が、あがった。彼=マルコス・ジュニオールは笑顔で手を上げ、足早にピッチの中に入っていく。その姿に向けて、誰もが熱い視線を送った。
広島市内からクルマで約1時間10分。サンフレッチェ広島のトレーニング場である安芸高田市サッカー公園には8月16日、500人を超えるサポーターが集まった。もちろん、お目当ては横浜F・マリノスから移籍してきたマルコス・ジュニオールの広島初練習。J1得点王の経験者がシーズン途中に移籍してきたのは、クラブ史上初の出来事だ。
正直、この情報を知った時は、にわかには信じられなかった。広島は決して、予算が潤沢なクラブではない。チーム強化のスタイルは育成型。可能性のある若者を採用し、様々な方法で育てることで主軸に据えていくのが広島のやり方で、ここ最近は即戦力補強に決して積極的とは言えなかった。そんな広島が、マルコス・ジュニオールという大看板を、シーズン途中で獲得するとは。
「夏の補強」は当初から構想にあった
ただ、今季は当初から、「夏の補強」は視野に入っていた。理由はACL(アジアチャンピオンズリーグ)である。
前年、リーグ3位に入っていた広島は今季、ACL出場の可能性があった。もし、浦和がACL決勝で敗れてしまったら、ACLのプレーオフ出場権は広島に与えられることになる。今季からACLは8月のプレーオフからスタートする、いわゆる秋春制に移行。そのためクラブは、ACLを闘うための補強戦略は準備していた。
ご承知の通り、浦和がACLで優勝を果たしたため、広島の出場権獲得は夢と消えた。ただクラブとしては、シーズンで何かあった時のために、夏の補強については引き続き視野に入れていた。
満田誠の離脱がもたらした深刻なダメージ
そして、その「何か」は起きた。
5月7日、福岡戦。今季から広島のエースナンバーである11番を継承し、大きな期待を集めていた満田誠が相手DFの後ろからのチャージによって負傷。右膝前十字靱帯部分損傷の大ケガを負ってしまった。幸い、保存療法での治療が可能な状態ではあったが、全治は未定。状態によっては手術を余儀なくされることになり、そうなると今季の復帰は絶望となる。……
Profile
中野 和也
1962年生まれ。長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルート・株式会社中四国リクルート企画で各種情報誌の制作・編集に関わる。1994年よりフリー、1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でサンフレッチェ広島に関するレポート・コラムなどを執筆した。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。以来10余年にわたって同誌の編集長を務め続けている。著書に『サンフレッチェ情熱史』、『戦う、勝つ、生きる』(小社刊)。