苦境でこそ輝くエゼキエウ。25歳のブラジル人が紡いできた物語…その先に期待したい
サンフレッチェ情熱記 第3回
1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始し、以来欠かさず練習場とスタジアムに足を運び、クラブへ愛と情熱を注ぎ続けた中野和也が、チームと監督、選手、フロントの知られざる物語を解き明かす。第3回は、来日4年目のブラジル人MFエゼキエウ・サントス・ダ・シウヴァが歩んできた苦難の道を伝えたい。
広島のルーキー・越道草太は、エゼキエウに救われた。7月16日、エディオンスタジアム広島で紡がれたその物語を、ここから書く。
ルーキー・越道のミスを救った「稲妻」
90+4分、柏好文が横浜FCの守護神=ブローダンセンの背中に隠れ、GKがボールを置いた瞬間に奪い取る。ただ1人だけ柏の知的な動きを見ていたFWピエロス・ソティリウがいいポジションを取り、パスを受けて無人のゴールにシュート。広島は後半アディショナルタイムで同点に追いついた。
アディショナルタイムは7分。まだ時間はある。ホームの広島は勝利を目指し、横浜FCに圧力をかけ続けて、CKを得た。90+7分のことだ。
柴﨑晃誠のキック。クリア。セカンドボールは越道が拾う。ゴール前に浮き球を入れる。PA内に多数いた広島の選手に合わせるためだったが、このパスはブローダンセンによって保持された。
GKは少しでも陣地を回復させようと、ボールを大きく蹴り上げた。落下点には、最後尾にいてカバーの役割を果たしていた越道が入るのだろう。何の問題もなく、跳ね返される。スタジアムは、ちょっとした安堵感と「もう1度、ゴールを目指せ」という空気に包まれた。
ところが、ルーキーはここで落下点を見誤ったのか、それとも走ってくる横浜FCのストライカー=サウロ・ミネイロの存在が気になったのか。ボールを前で横でもなく、後ろに弾いてしまった。
そのボールをサウロ・ミネイロが拾い、PA内に侵入。
フリーだ。
「危ない」
スタジアムに悲鳴があがった。
大迫敬介、ミネイロに正対する。ここは、日本代表GKのスーパーセーブに頼るしかないのか。
紫の思いは悲壮。横浜FCのサポーターは、目の前で起きようとした奇跡のドラマに、心を躍らせたはずだ。
だが、ここで稲妻が走る。比喩ではない。広島で「稲妻」といえば1人だけ。
エゼキエウ・サントス・ダ・シウヴァだ。
14番を背負った25歳のアタッカーは、越道のミスを見たその瞬間、猛烈なスプリントを仕掛けた。その距離、約35m。サウロ・ミネイロとは20m弱も離れていたはずだ。
ミネイロがトラップ。大迫、距離を詰める。誰もが息を呑んだその時、エゼキエウは風のごとくストライカーのもとに飛び込み、完璧なタイミングでボールを刈り取った。そしてCKにすることなくセカンドボールを回収し、反撃に繋げたのだ。
アウェイの溜息、そしてホームの安堵。圧巻とも言えるプレスバックに、スタジアムは大きな拍手に包まれた。
引き分けに終わった激戦の後、エゼキエウは勝てなかった悔しさを露にしながらも、言葉を絞り出した。
「最後のカバーのところ? もちろん、コッシー(越道)がミスをするとは思っていなかった。ただ、万が一のことがある。だからとにかく、いいポジションにいて、何があってもカバーできるようにしたいと考えた。もし、サウロがダイレクトで撃っていれば間に合わなかったんだけど、トラップしてくれたからね」
サウロ・ミネイロにしてみれば、十分に余裕があると考えたのだろう。外す可能性があるボレーシュートを選択する必要はなく、しっかりとボールを置いてGKと駆け引きして、確実にゴールする。その確信があったからこそ、トラップした。エゼキエウのプレスバックなど、想定外だったはずだ。
「ただ、PAの中だったし、一歩間違えればPKの可能性もあった。冷静にボールを奪えましたね」
大ピンチを未然に防いだ男に、聞いてみた。
「PKなんて、考えもしなかった。ボールを奪う自信もあったし、セカンドボールも拾えて繋げることもできた。いい選択ができたと思っているよ」
エゼキエウがもし、チームのために身体を投げ出し、走り、そして冷静に最善手を見極められる選手でなかったら、越道のメンタルはどうなっていただろうか。試合後、彼の表情は厳しく、苦しそうな表情だった。彼のミスが敗戦に直結したら、その衝撃は彼の今後に大きなダメージを与えてしまったことは、想像に難くない。
エゼキエウはチームを敗戦から救っただけでなく、越道草太という将来性豊かな好漢の心も救ったといっていい。
3年間で7得点3アシストでも契約更新の意味
今、広島は苦境にある。5月以降の戦績は3勝2分6敗。6月以降に限れば、1勝2分3敗で、ルヴァンカップも天皇杯も敗退した。昨年はリーグ3位、天皇杯準優勝、ルヴァンカップ優勝と最高のシーズンを送ったチームとは思えない厳しさ。4月までに積み上げた勝ち点20の貯金がなかったらと考えると、背筋が凍る。
その苦境にあるチームにあって、エゼキエウはまさに奮闘している。体調不良者が9人出てプロのフィールドプレーヤーが14人しか揃えられなかった鹿島戦(7月8日)では、ナッシム・ベン・カリファのスルーパスに飛び出して同点ゴールを決めきった。ボールを呼び込むだけでなく、ドリブルで相手DFを切り裂き、強烈なスピードでカウンターを成立させる。最近は守備の強度も高く、前線からのプレスも積極的になった。前述のプレスバックのシーンも、彼の守備意識の高まりという流れの中で生まれたものだ。
ただ、不思議だなと思うことがある。……
Profile
中野 和也
1962年生まれ。長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルート・株式会社中四国リクルート企画で各種情報誌の制作・編集に関わる。1994年よりフリー、1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でサンフレッチェ広島に関するレポート・コラムなどを執筆した。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。以来10余年にわたって同誌の編集長を務め続けている。著書に『サンフレッチェ情熱史』、『戦う、勝つ、生きる』(小社刊)。