「ムバッペの才能のおかげで挽回できた」。誇れるレ・ブルー、顔を上げよう【アルゼンチン 3-3(PK4-2)フランス】
翌日更新!カタールW杯注目試合レビュー
W杯史上60年ぶりという連覇は叶わなかった。それでも80分から2点ビハインドを追いつき、延長戦でも再度カムバックを遂げた奮戦、名勝負を生んだデシャン監督の采配、そしてハットトリックを達成したムバッペのパフォーマンスは見事だった。負けてなお英雄、フランス視点で歴史に残る決勝の激闘を振り返る。
60分間は“歴代最も情けないファイナリスト”だった
なんという試合だったことだろう。
序盤から自分たちのペースで試合を進めたアルゼンチンが23分、アンヘル・ディ・マリアがウスマン・デンベレに倒されてゲットしたPKをリオネル・メッシが決めて先制。そしてその13分後、今度はディ・マリアが見事なランニングシュートを決めて試合を2-0とした。
ところが、このままアルゼンチンが勝ち切るかと思った80分、今度はフランスがPKのチャンスを得ると、これをキリアン・ムバッペが難なく決めて1点を返す。これが起爆剤となったかのようにギアが上がったフランスは、この直後、メッシのボールロストが起点となったカウンターからまたしてもムバッペが稲妻のようなシュートを叩き込んで同点に追いついた。
延長戦に入ってもドラマは続いた。108分、ラウタロ・マルティネスが打ったシュートの跳ね返りをメッシが押し込んで、アルゼンチンが再びリードを奪う。この瞬間、ベンチにいたアルゼンチンの選手たちの瞳には涙が滲んでいた。
しかしこのまま終わらせる気はないディフェンディングチャンピオン。118分、フランスのCKからの展開で、ゴンサロ・モンティエルの右腕にボールが当たってアルゼンチンが痛恨のPKを献上すると、これを再びムバッペが決めて、またしてもフランスが試合をイーブンに戻した。
そして突入したPK戦。先攻のフランスは、1番手のムバッペがきっちり決めたが、2人目のコマンのシュートはGKエミリアーノ・マルティネスにブロックされ、3人目のチュアメニのシュートは左ポストの外側に逸れる。4人目のコロ・ムアニは成功させたが、それまでメッシ、ディバラ、パレデスの3人全員が成功していたアルゼンチンは、4人目のモンティエルが左へ跳んだロリスの真逆を突き、その瞬間、南米王者の優勝が決まった。
……というのが、この決勝戦のあらましだ。
2-0であと10分という時には、ルサイル・スタジアムを埋めたアルゼンチンサポーターだけでなく、リオネル・メッシの優勝を願う多くの人たちが、アルゼンチンの勝利を確信したことだろう。フランスは、もしそのまま90分でアルゼンチンに優勝を捧げていたら、“歴代大会で最も情けない戦いぶりのファイナリスト”とコテンパンに叩かれていた。ディディエ・デシャン監督でさえ「60分という長い間、試合はないも同然だった。とてもW杯の決勝を戦っているというような戦いぶりではなかった」とコメントしている。
しかしそこから彼らは、「負けてなお英雄」と称えられる大反撃をしてみせたのである。
ウイルス蔓延の影響とアルゼンチンの巧さ
この試合でのフランスは、今大会ここまで見せてきた彼らのパフォーマンスが期待させたものとはほど遠い、俊敏さも、切れ味も、力強さもないプレーだった。試合後、チーム内に蔓延していたウイルス感染の影響かと聞かれたデシャン監督は「全員が受けていた肉体的、精神的な影響についてはわからないが、先発した選手に関しては何の不安もなかった。連戦の影響もあるだろう。言い訳にはなら ないが、今までのようなダイナミズムはなかった」と答えている。
水曜に行われた準決勝のモロッコ戦(2-0)では後半、相手の猛攻に応戦し、心身ともに疲弊しきっていた影響はあるだろう。その1日前に3-0でクロアチアを制したアルゼンチンには、体力面では分があった。
しかしそれだけでなく、アルゼンチンはこの試合、あらゆる面で「巧かった」。ファウルすれすれ、いや、笛を吹かれなくてラッキーというくらい際どいコンタクトプレーも含めてだ(試合後、審判について聞かれたデシャン監督は「それについては聞かれないことを願っていたよ」と皮肉を込めて答え、審判団とは試合後に言葉を交わしたと明かしている)。
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Profile
小川 由紀子
ブリティッシュロックに浸りたくて92年に渡英。96年より取材活動を始める。その年のEUROでイングランドが敗退したウェンブリーでの瞬間はいまだに胸が痛い思い出。その後パリに引っ越し、F1、自転車、バスケなどにも幅を広げつつ、フェロー諸島やブルネイ、マルタといった小国を中心に43カ国でサッカーを見て歩く。地味な話題に興味をそそられがちで、超遅咲きのジャズピアニストを志しているが、万年ビギナー。