もう「アウトサイダー」とは呼ばせない! 好ゲームを制し有終の美を飾ったのは、本来のポテンシャルを発揮したクロアチア
翌日更新!カタールW杯注目試合レビュー
惜しくも準決勝で涙を呑んだクロアチア代表とモロッコ代表。大会を大いに盛り上げた両チームによる3位決定戦は、一進一退の攻防の末に2-1でクロアチアに軍配。前回大会では敗北での終戦となり涙にくれたクロアチアだったが、今回は笑顔の大団円を迎えることとなった。
「私たちは銅メダルを獲得したかった。しかし、準決勝のフランス戦の直後はそんな状態にないこともわかっていた。哀れで、そして鬱憤も溜まっていた。全員が同じ気分だったんだ。私たちは不幸なフランス戦の出来事をあれやこれやと語り合った。何度も話しているうちに気分は楽になり、次第に『まだ仕事は終わっていない』とわかってきたんだ。だが、なるべく早くにやらねばならないことがある。とにかくキャプテンを生き返らせることだ。彼は酷い精神状態にあった。それからオランダを倒し、銅メダルを首にぶらさげなければならない」
これは元クロアチア代表MFアリョーシャ・アサノビッチの有名な回想録『Vatreni lakat』(黄金の肘)の一文だ。1998年のフランスW杯準決勝で開催国に敗れたクロアチアは、3位決定戦で「最強チーム」の呼び声高いオランダと対戦。キャプテンのズボニミール・ボバンは準決勝で自分のミスから2失点を招き、それが敗因になって酷く落ち込んでいた。ミロスラフ・ブラジェビッチ監督も含めた全員でボバンを励まし、「3位決定戦で勝利することが最大の治療薬だ」と悟った上、オランダ戦に向けて集中したことが回想録では触れられている。
『FIFA+』で無料公開されている『クロアチア:国家の定義』はフランスW杯のクロアチア代表を扱ったドキュメンタリー映画。1991年にユーゴスラビア連邦から独立宣言し、過酷な戦争を経てきたクロアチアが、どれだけ最後の3位決定戦で本気だったかがわかる内容だ。ズボニミール・ソルドが当時のエピソードを語る。
「チームバスの運転手が(試合会場の)パルク・デ・プランスの駐車場まで残り200mをバックで入ろうとした瞬間、ブラジェビッチ監督が立ち上がってこう叫んだ。『みんな外に出ろ! 俺たちのチームは前にしか進まない。決して後ろには引き下がらない!』。あの瞬間、私たち全員がパッと目を覚ましたんだ(笑)」
ロベルト・プロシネチュキとダボル・シュケルの技ありのゴールでオランダを2-1で倒し、選手たちに担がれて喜びを爆発させたブラジェビッチは当時の想い出をこう語る。
「クロアチアは世界一になれなかったが、それに等しい順位だ。我われは若くて無名の国から出場して世界3位になったのだから。それも世界一人気のあるスポーツにおいてね。今も私はあのW杯をとても誇りに思っている」
アルゼンチンとの準決勝後、クロアチア側は「主審のPK判定があまりに厳し過ぎるし、それで試合の流れが変わった」という不満ばかりが募り、VARルームにはロシア大会 のファイナルと同じイタリア人審判(マッシミリアーノ・イラティ)がいたことに「これは偶然じゃない」とダリッチ監督が疑問を呈した。同じく準決勝・フランス戦の主審の判定に納得がいかず、FIFAに意見書を提出したモロッコが3位決定戦の相手。グループステージ初戦で対戦していることもあって手の内はわかっている。
過密日程の今大会において、これが両チームにとっては7試合目。クロアチアはMFマルセロ・ブロゾビッチがハムストリング、右SBヨシップ・ユラノビッチがふくらはぎの負傷で欠場。さらに全試合フル出場のベテランCBデヤン・ロブレンが疲労を訴えた。ただし、ダリッチ監督は最小限のターンオーバーに留め、概して選手交代も遅かったことから、出場チャンスに飢えていた若手がベンチにたくさんいる。イバン・ペリシッチの左SB起用はサプライズだったが、これによりミスラフ・オルシッチが得意の左MFで初先発。「ルカ・モドリッチの後継者」ことロブロ・マイェルもスタメンに名を連ね、ロブレン復活以前のレギュラー格だったCBヨシップ・シュタロが初出場。右SBのヨシップ・スタニシッチも初出場だ。選手入れ替えは不可抗力だったとはいえ、ようやくクロアチア代表が本来持っていたポテンシャルを生かす絶好の機会となった。
試合前日の公式記者会見で、ダリッチ監督は24年前のフランス大会を引き合いに出してこう述べた。
「誕生して間もないクロアチアという国が大きく認識されたのが、あの最初の銅メダルだった。クロアチアサッカーの輝かしい成功の始まりだった。銀メダルというさらに大きな成功を4年前に成し遂げたことで、今は少し事情が異なっている。しかし、どのW杯も我われにとっては大きな意味がある。もしかしたら1998年の銅メダルの方が重要性が高かっただろうが、今回の銅メダルだって重要性が低いなんてことはまったくない。成功を繰り返すことがとても重要だ。なにせ3位と4位の違いは大きいからね。クロアチアは小さい国だけに、この領域で大きな成功を収めるつもりだ」
大きかった1日の差
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Profile
長束 恭行
1973年生まれ。1997年、現地観戦したディナモ・ザグレブの試合に感銘を受けて銀行を退職。2001年からは10年間のザグレブ生活を通して旧ユーゴ諸国のサッカーを追った。2011年から4年間はリトアニアを拠点に東欧諸国を取材。取材レポートを一冊にまとめた『東欧サッカークロニクル』(カンゼン)では2018年度ミズノスポーツライター優秀賞を受賞した。近著に『もえるバトレニ モドリッチと仲間たちの夢のカタール大冒険譚』(小社刊)。