イングランドが崩し切れなかった“全局面制覇型”フランスのミドルブロック[4-4-1+1]
深堀り戦術分析スペシャルレビュー
イングランド56年ぶりのW杯制覇を阻んだのは、同じ全方位型チームの“先達”フランスだった。17分に先制点、同点後の78分に勝ち越し点を挙げ、前回王者が1-2で競り勝った準々決勝のポイントを、東大ア式蹴球部テクニカルユニットの高口英成氏が分析する。
ノックアウト形式の決勝トーナメントにおいて、ゴールを生み出す期待値を上げる作業は時に非効率的になることもある。試合の支配とゴールの生産は別の作業であるがゆえに、ボール保持を「ゴールを奪うための至上の手段」と捉えるチーム設計よりも、「保持は休憩、カウンターで刺す」と捉えているチームが準々決勝に駒を進めているのはある種のトレンドを示唆しているかもしれない。イングランド代表はゲームモデルがあるとしてもその制約が緩く、特定の局面にこだわり過ぎない全方位型のチームであるが、フランス代表といえば4年前にその境地にたどり着いた先達である。実際、両者の繰り出すサッカーもとても似通っていた。
左に密集→右で質勝負、に対する王者の見事な対応
今大会のグループステージ、決勝トーナメントを含め、イングランドの得点シーンのほとんどはロングカウンター気味の速攻である。持ち駒に機動力と強度に優れた選手が多く、広いスペースに飛び出して即興で仕留めるチームカラーを持つイングランドを抑えるために、フランスはボール非保持では[4-4-1+1]のミドルブロックで構えていた(キリアン・ムバッペはブロック守備には組み込まれていない)。相手にじっくりと保持させることができればこちらがカウンターをするためのスペースも自ずと生まれてくるので、相手の良さを消すという意図だけでないのは明白である。
イングランドのボール保持の布陣は、右SBのカイル・ウォーカーを絞らせて左SBのルーク・ショーを少し高めに張らせる形で、ウォーカーのマンチェスター・シティでのタスクを拝借しつつ前進の機会をうかがっていた。左サイドでは幅を取るショーに押し出されるようにウイングのフィル・フォデンが内側へとポジションを取り、インサイドハーフのジュード・ベリンガムと左のハーフスペースを共有するような配置であった。オリビエ・ジルーに背中で消されるのを嫌がるアンカーのデクラン・ライスもジルーの左脇に顔を出す機会が多いとあって、イングランドはセネガル戦(ラウンド16)でも見せたように左サイドに密集を作っていた。左サイドに相手を寄せてから右サイドのブカヨ・サカで質勝負を仕掛ける、そして奪われた後は素早いゲーゲンプレスをかけるという算段だったのだろう。
対するフランスのミドルブロックにおける要はアントワーヌ・グリーズマンである。彼に与えられたタスクは大きく分けて2つ。1つ目は、相手CBマグワイアの運びを牽制するとともに、左ハーフスペースへのパスルートを遮断すること。そしてもう1つは、ジルーの脇で顔を出すライスを見張ることだ。これにより、フランスの右サイドのコンパクトな陣形に対して、イングランドは左で作って右に展開という形を思ったように作れなかった上に、左ハーフスペース内でのフォデンとベリンガムによるコンビネーションを封じられる格好となった。ボールを奪った後も、降りる動きからボールを逆サイドにさばくことでイングランドのゲーゲンプレスを空転させていた。
アドリアン・ラビオの守備範囲の広さもイングランドにとっては誤算だっただろう。万一サカにサイドチェンジができても、ラビオに内側へのパス・ドリブルルートを遮断された上で左SBテオ・エルナンデスに縦方向へ誘導される守備をされて詰まっていた。援護に来る右インサイドハーフのジョーダン・ヘンダーソンの得意なオーバーラップのコースと、サカのドリブルのコースをダブらせて両方潰すというフランスの非常に見事な対応だった。ウォーカーも援護に行けば局面を打開できたかもしれないが、ムバッペが前残りすることでウォーカーの攻撃参加を封じていた。
「ムバッペの裏」という弱点を突く右回りの前進
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Profile
高口 英成
2002年生まれ。東京大学工学部所属。東京大学ア式蹴球部で2年テクニカルスタッフとして活動したのち、エリース東京のFCのテクニカルコーチに就任。ア式4年目はヘッドコーチも兼任していた。