侵攻下で迎えたビッグイベント…ロシア、ウクライナにとってのカタールW杯
社会から文化まで!W杯スペシャルコラム
今やいちスポーツのビッグイベントの枠を超え、様々な影響を与えるワールドカップ。社会や文化など、オフ・ザ・ピッチのトピックについて論じる。
4年に一度の祭典であるW杯に世界中の多くの人々が熱狂し熱い視線を送る中、2022年2月に勃発した侵攻下で大会を迎えることとなったロシアとウクライナではW杯はどのように報じられ、受け止められているのか。東欧の専門家である篠崎直也氏に、中継事情やトピックを伝えてもらう。
ウクライナ侵攻に対する制裁として国際大会への出場禁止処分を受けているロシアでは、カタールW杯への関心はそれほど高くはない。自国開催だった4年前は国中が熱狂のるつぼと化していたが、現在のロシアを取り巻く状況を見ると、あの大会は幻だったのではないかという感覚にさえ陥るほどだ。それでも、出場が叶わなかったカタールW杯を“無視”するような事態には至らず、放映権を獲得した国営のスポーツ専門局『マッチTV』で連日の熱戦を視聴することができる。
多くの国と同様にメディアは各試合の詳報を伝える一方で、政治をめぐるトピックスが目立つのはロシアならではかもしれない。立場が違えば視点も異なり、ロシアと政治的関係が近いいくつかの出場国がフォーカスされている。
ロシアと結びつきが強いセルビア
まずはセルビア代表。セルビアは東欧の中でも言語がロシア語と似ており、宗教も同じで歴史的にロシアとの結びつきが強い。そして、1991年に始まったユーゴ内戦、1999年のNATOによるセルビア空爆、2008年のコソボ独立問題などを通じてセルビアと欧米の対立が深まり、ロシアとの軍事・経済的な繋がりが強化された。親ロシアの住民も多く、ウクライナ侵攻を声高に支持する団体もある。ロシアでもセルビアを「兄弟国」と呼ぶのが定着している。
ロシア代表はInstagramを通じて「W杯での幸運を祈ります! 私たちはみなさんの成功を信じています、兄弟!」と大会前にエールを送った。
また、11月22日にはサンクトペテルブルクでゼニトとツルベナ・ズベズダの親善試合が開催され、ゼニトサポーターが両国の国旗を繋げた600mもの長さのフラッグを持ってスタジアムまで行進。スタンドからは「ロシア人とセルビア人は永遠の兄弟」のバナーが掲げられ、選手たちも「共に!」のスローガンの下で和やかに写真に収まり、あからさまな「連帯」を示した(どちらもガスプロムが支援するクラブである)。
大会期間中のスタジアムでは赤青白のトリコロールであるセルビアとロシアの国旗を半分ずつ組み合わせ、「一つの色、一つの信仰」と書かれた旗を持ったセルビアサポーターの写真や、セルビア応援団がロシア民謡の「カチューシャ」を歌う動画をロシアメディアが大きく伝え、「ともに戦おう」というムードがさらに高まっていく。
あえなくGS敗退となったセルビアはコソボの領土をセルビアカラーに塗り潰し、「譲らない」とメッセージを入れた旗をロッカールーム内で掲げた行為と、ストイコビッチ監督がスイス戦での得点時に叫んだアルバニア系民族への差別発言が今大会の新たなスキャンダルに。
また、セルビアがグループステージ最終節で戦ったスイスとは4年前のロシア大会でも対戦しており、アルバニアとコソボにルーツを持つスイスのグラニト・ジャカとシェルダン・シャキリがゴールパフォーマンスとして見せた双頭の鷲(両国のシンボル)を表すジャスチャーがすでに因縁となっていた。
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Profile
篠崎 直也
1976年、新潟県生まれ。大阪大学大学院でロシア芸術論を専攻し、現在は大阪大学、同志社大学で教鞭を執る。4年過ごした第2の故郷サンクトペテルブルクでゼニトの優勝を目にし辺境のサッカーの虜に。以後ロシア、ウクライナを中心に執筆・翻訳を手がけている。