PK戦は「バトレニ劇場」のカーテンコールみたいなもの。最後まで諦めなかった前回準優勝国が本命を下し準決勝へ【クロアチア 1-1(PK4-2)ブラジル】
翌日更新! カタールW杯注目試合レビュー
ラウンド16の日本代表戦に続き、今度は優勝候補筆頭と目されていたブラジル代表をPK戦の末に撃破。クロアチア代表の勢いが止まらない。
「日本とクロアチアが対戦するね」
12月4日。遠いリオ・デ・ジャネイロから私宛にダイレクトメッセージが届いた。送信者はエドゥアルド・ダ・シウバ。15歳でブラジルからクロアチアに渡り、帰化したのちはクロアチア代表にも選ばれたストライカーで、通算29得点(64試合)は歴代4位。「ドゥドゥ」というニックネームで愛されるクロアチアサッカー界のレジェンドだ。彼がまだディナモ・ザグレブのユース上がりで無名の頃から、同じ街(クロアチアの首都ザグレブ)に住む外国人のよしみで自然と親しい間柄になった。
すかさずドゥドゥに返事を送る。
「すぐにブラジルとクロアチアが対戦するかもしれないから、君も心構えをしなくちゃいけないよ!」
「日本対クロアチア」のカードが決まると元サンフレッチェ広島のミハエル・ミキッチがクロアチア国内メディアで引っ張りだこになったように、「クロアチア対ブラジル」の対戦を前にエドゥアルドへのオンライン取材が殺到した。どのメディアにも「ブラジルではなくクロアチアを応援する」と明言。そのうちの1つ、『スポルツケ・ノボスティ』紙で彼はこう語る。
「きっと両代表にとっては非常に難しいゲームになるだろう。ブラジルが本命だ。準々決勝のクロアチア戦だけでなく、W杯優勝という意味合いでもね。しかし、クロアチアも世界の頂点の一角であるという認識をロシア大会で全員に与えている。僕はカタールの地でも“2018年”を繰り返してもらいたいと心から願っているよ。もしクロアチアが存在しなかったら、サッカー選手としての僕は存在していなかったかもしれない! そしてクロアチア代表のためにも戦った。サポーターとしてクロアチア側につくのは当然かつ論理的だと信じているよ」
そして彼は、ブラジル国内のクロアチアに対する見方をこのように報告した。
「ブラジルの誰もがクロアチア代表のことをリスペクトしている。それが唯一の真実だ。ただし、1回戦の『日本対クロアチア』『ブラジル対韓国』の試合後は『ブラジルがクロアチアに勝つことは難しい課題じゃない』なんて文章がかなり出回っていた。バトレニ(クロアチア代表の愛称)がPK戦で日本相手に勝利した一方、ブラジルは韓国を圧倒したのがその理由だ。クロアチアに対する一定の過小評価は存在していた。それが多幸感というものだ。だが、試合が近づいてきて流れが完全に変わった。クロアチアに対する過小評価はどこにもなく、大きなリスペクトに変化している。特別番組でもズラトコ・ダリッチ監督率いるチームについて真剣に語り、細かく分析しているよ。前大会の準優勝国と対戦することも決して忘れていない。でも、私はクロアチアが準決勝に進出することをただただ望んでいる。クロアチアは強豪国とはいえ、もしブラジルに勝ったのならばサプライズになる! きっと世界中が驚くことだろう」
試合当日にエドゥアルドから「2005年のクロアチア対ブラジルの試合の写真を持っている?」と聞かれて本人に提供。Instagramに掲載された写真
「“ポジティブな神経質”になっている」
前大会では決勝トーナメントの1回戦から準決勝まで、すべての試合で延長戦を戦い勝ち抜いてきたクロアチア。今大会の1回戦でも「延長番長」としての底力を見せ、ドミニク・リバコビッチという新たな「PK番長」の活躍で日本を退けた。続く準々決勝の相手はブラジル。FIFAランク1位の肩書に恥じぬよう、横綱相撲で勝ち上がった「サッカー王国」である。しかし、相手が強ければ強いほど燃え上がるのがクロアチア人の本質だ。代表アシスタントコーチのイビツァ・オリッチは、試合直前のクロアチア公共放送でインタビュー出演。エドゥアルドと同時代に活躍し、EURO2008予選ではイングランド相手、本大会ではドイツ相手に勝利へ繋がるゴールを決めた元ストライカーだ。
「日本やモロッコ、カナダとの試合では選手たちに火が点くよう、こちらから仕向けなくてはならなかったけど、このような試合(ブラジル戦)ではコーチ陣は何も言う必要がない。選手たちは勝手にモチベーションを高めてくれるからね。マッチデーが近づくほどに“ポジティブな神経質”になっていて、それはトレーニングでも感じている。スタメンの11人だけでなく、全員が準備できていることが肝心だ」
キャプテンのルカ・モドリッチも、試合前日のクロアチア公共放送の独占インタビューでこう述べる。
「準々決勝進出はクロアチアのサッカー界にとって大成功とはいえ、それだけではまだ満足できない。さらなる結果を僕たちは望んでいる。もし明日の試合に勝ちたいのならば激しくアグレッシブにプレーし、走力で上回り、そして勇敢に戦わなければならない。自分たちを信じるんだ。主導権を相手に譲って何かが起こるのを待つだけではなく、真っ向からブラジルに挑み、高いレベルでプレーできると信じることだ」
前半は今大会最高の45分
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Profile
長束 恭行
1973年生まれ。1997年、現地観戦したディナモ・ザグレブの試合に感銘を受けて銀行を退職。2001年からは10年間のザグレブ生活を通して旧ユーゴ諸国のサッカーを追った。2011年から4年間はリトアニアを拠点に東欧諸国を取材。取材レポートを一冊にまとめた『東欧サッカークロニクル』(カンゼン)では2018年度ミズノスポーツライター優秀賞を受賞した。近著に『もえるバトレニ モドリッチと仲間たちの夢のカタール大冒険譚』(小社刊)。