セネガル下し8強。イングランドの“選手がクラブで得意としているプレーを尊重する”チームビルディングを読み解く
深堀り戦術分析スペシャルレビュー
1966年、母国開催のW杯以来となるタイトル獲得を目指すイングランド代表とアフリカ王者セネガル代表との一戦は、イングランドが3-0で勝利し準々決勝へと駒を進めた。この試合から見えたイングランドの中盤の構造と、スコアだけ見ればイングランドの快勝に見えるが、スコアが動くまではむしろセネガルペースだったという試合のポイントについて、東大ア式蹴球部テクニカルユニットの高口英成氏が分析する。
イングランド代表は、今大会における目玉チームの1つと言って差し支えないだろう。選手の質が高いという大前提もあるが、プレミアリーグが現在ヨーロッパにおいて最も競争力が高いリーグの1つと考えられることが大きい。ペップバルサのラ・リーガ席巻後に訪れたスペイン代表悲願のW杯優勝や、ペップバイエルンの隆盛と時期を同じくしてドイツ代表が栄冠を手にしたことに代表されるように、自国リーグの戦術や資本はその国のナショナルチームに逆輸入される傾向にある。その面で、イングランドの動向を見守る人が多いのも頷ける。
イングランドのグループステージ3試合の結果を見れば、ざっくりと大量得点あるいはスコアレスという結果が見てとれる。ハリー・マグワイアの鉄壁の守備に、ビルドアップの技術が取り上げられがちではあるものの固く守れるジョン・ストーンズ、そしてここにデクラン・ライスが加わっているのが大きい。タレント集団と言って差し支えない面々である。
そして、特筆しておかなければならないのがジュード・ベリンガムだ。相手ブロック内における判断の正確さはもちろんのこと、奪われた後のゲーゲンプレッシングの速さがイングランドの他の選手と比較してもかなり速い、非常にモダンなIHである。保持においてはブロックの手前に降りて前進を助けるプレーを得意としており、相手のマークを外しつつも、相手を釣り出すような絶妙なポジションに落ちてくる。この試合でもこの選手がキーマンとなった。
一方のセネガル代表はと言えば、フィジカルに秀でた選手が一定の戦術的枠組みの中で規律に則ってプレーすると、どれくらい強いかを示す良いロールモデルである。強さの源泉は強度にあるので、強度勝負なら引けを取らない。負傷したサディオ・マネがいれば、より攻撃の破壊力が増したことだろう。
特徴的な“動くアンカー”ライス
そんなグループステージでの印象を踏まえた上でのイングランド対セネガル戦は、序盤からイングランドのボール保持をセネガルが受け止めるという構図になる。イングランドのシステムは[4-3-3]、対するセネガルは[4-4-2]のような形である。セネガルはもはやお馴染みの2トップの片方がアンカーを見張るという形を取っており、両CBに厳しいプレスをかけ続けるのは難しいものの、積極的に運んでくる場面に対しては強度で対応しようという姿勢だった。
イングランドのボール保持は[4-3-3]と[4-2-3-1]がシームレスに繋がったような構造をしている。メンバー表が試合によって[4-3-3]の時もあれば[4-2-3-1]の時もあったのは、ピッチ上の現象をまさしく反映していたと言えるだろう。アンカーはライスと決まっているが、特徴的なのはライスがとてもよく動くタイプのアンカーであるということだ。
例えばセルヒオ・ブスケッツのような選手と比較すると、ライスのボール保持での行動範囲の広さに驚くだろう。最終ラインの横方向のボール循環に対しては、ボールサイドに寄ってSBへのサポートを提供するだけでなく、その後の継続的な動きによって、裏のスペースへ飛び出すシーンもある。この機動力こそがライスの魅力であり、ブスケッツのように静的にアンカーポジションへ縛っておくのはもったいない。
イングランドが工夫をしているのは、本来アンカーが埋めておくべきポジションという前進において非常に価値の高いスペースからライスが離れた時には、他の選手がそこへ顔を出すようにしていることだ。最も頻度が高いのはベリンガムやジョーダン・ヘンダーソンといったIHの選手であり、ゆえに2ボランチのように見える瞬間もある。あるいは、カイル・ウォーカーが偽SBよろしく中へ入ってくることもある。
ただしこの試合に限って言えば、こういったプレーがそもそも起こっていないことも多々あった。実際に23分のビルドアップのシーンでは、寄ったライスの後ろに大きなスペースがあったにもかかわらず、そこを埋める人が不在だった。ストーンズがもう少し高い位置を取るかIHが顔を出してやればもう少しスムーズだったのかもしれないが、こういったシーンから考えられるのは、イングランドがチームとしてあまりかっちりとした戦術的枠組みを設けていないという可能性である。
26分のシーンも同様だ。セネガルのコンパクトな[4-4-2]のブロックに対してストーンズの放った縦パスが引っかかり、あわやカウンターになりかけた。最後尾のCBとライン間の選手との間は距離が遠く、パスで守備ライン2枚分をラインブレイクする難易度は高い。ライスの周辺にスペースが広がっていたことを踏まえても、相手中盤ラインの手前で引き出す選手がもう少し欲しかった。
ライスの両脇に顔を出すシーンが減ったように見えた要因は、おそらくキーラン・トリッピアーに代わってウォーカーがビルドアップを引き受けたことにより、マンチェスター・シティではお馴染みの左肩上がりの3バックがスムーズに使えたからだろう。ライスが空けた場所へはウォーカーなりマグワイアなりがドリブルで侵入してくれるという算段だったのかもしれないし、そもそも2トップに対して[3-1]のビルドアップではハマらないということだったのだろう。
序盤、主導権を握ったのはセネガルだった
両軍通してみれば、序盤の攻防において主導権を握っていたのはセネガルだったと言えそうだ。起点となるライスを最低限見張りつつ、コンパクトな布陣で中央の前進ルートを封鎖しつつサイドへと誘導。サイドへとボールが出れば縦のコースをSHが切った上でボランチ2枚のスライドで閉じ込める、という教科書のような[4-4-2]のゾーン守備を敷くことで、イングランドに後ろしか選ばせなかった。セネガルとしても、イングランドに保持を許すことは想定していたに違いない。「いかに前進させないか」にフォーカスした練度の高い守備ブロックだった。
イングランドからすると、前線から積極的にプレスをかけることでセネガルからボールを取り上げられてはいたものの、スペースの少ないファイナルサードで効果的に崩すことができないまま、最終ラインでゆったりとボールを回すことが多かった。
25分を過ぎたあたりから試合が落ち着き始め、セネガルのボール保持の時間帯が増えていく。[4-1-4-1]ミドルブロックのイングランドに対しては2ボランチではなく中盤の底に1枚、という形で噛み合わせないようにすることで、保持が多少の安定を見せた。
そうした流れから、セネガルが31分にビッグチャンスを作る。ロングボールを拾ったイスマイラ・サールの仕掛けをブライユ・ディアが引き取り、左足を振り抜いた。惜しくもジョーダン・ピックフォードの片腕に防がれたものの、21分のマークを外す動きといい、この抜け出しといい、ディアのボックス内の動き出しのクオリティを感じることができる。この時点で、総シュート本数はイングランドが1本に対してセネガルが2本と上回っており、7割のポゼッションを握るイングランドではなく、セネガルが試合をコントロールしていたことが読み取れる。
しかし、先制点を挙げたのはイングランドであった。38分、抜け出したベリンガムにハリー・ケインがスルーパスを出し、最後はヘンダーソンがマイナスで押し込んだ。イングランドとしては再三狙っていた左サイドからの崩し、セネガルとしてはサイドの縦切りが若干甘くなったところを一刺しされる格好となった。……
Profile
高口 英成
2002年生まれ。東京大学工学部所属。東京大学ア式蹴球部で2年テクニカルスタッフとして活動したのち、エリース東京のFCのテクニカルコーチに就任。ア式4年目はヘッドコーチも兼任していた。