またも紙一重の逆転劇を演じたスペイン戦。日本が前半に張っていた“伏線”を読む
日本戦徹底解剖
48分、堂安律。51分、田中碧。その間わずか3分、後半開始早々の反撃で2点を奪い、スペインに2-1の逆転勝利を収めた日本代表。“死の組”と称されたカタールW杯グループEで首位通過を決めた戦いぶりを、2月9日に発売する『森保JAPAN戦術レポート』の著者らいかーると氏が分析する。
左右で歪んだ日本の守備配置
スペインのキックオフから、CBのパウ・トーレスが長友佑都めがけてロングボールを蹴り込む。徹底的にボールを繋ぐチームのはずが、開始早々に意外な展開を繰り出した。ちなみにスペインはすべてのキックオフで日本の左サイドを狙っていたが、特に効果的ではなかった。彼らなりの儀式なのかもしれない。
日本は序盤こそ前田大然がCBまでプレッシングを行うものの、周りのチームメイトが連動・連携する気配はなかった。[4-3-3]のスペインに対して[5-2-3]の日本が準備してきたプレッシングの開始ラインは、相手陣地のセンターサークル付近だった。その狙いは試合早々から目の前に現れることとなる。
1トップの前田がアンカーのセルヒオ・ブスケッツを監視する代わりに、スペインのCBは2人とも自由にボールを持つことが許されていた。ロドリとパウ・トーレスはお互いにパス交換をしながら、日本のプレッシングルールを観察していく時間帯となっていく。
その日本の配置は左右で歪みを見せていた。
前田がブスケッツ番のために、スペインの両CBはフリーになっている。左シャドーの鎌田大地はハーフスペースに位置し、右インサイドハーフのガビを背中で消しながら対面の右CBロドリを警戒していた。ロドリがフリーな右SBのセサル・アスピリクエタへパスを出したら鎌田がスライドするのも約束事だ。逆サイドの久保建英は最初からアレックス・バルデを気にしているようだった。鎌田の立つ位置よりも外側のレーンに立っている久保は、相手の左SBをより警戒するチームプランだった可能性が高い。
その分、セントラルハーフコンビの立ち位置にも歪みが出る。田中碧は左インサイドハーフのペドリを背中で消すことを優先し、守田英正は鎌田とコンビを組みながらガビを試合から追い出そうとしつつも、ブスケッツが気になって仕方ないようだった。本来では前田がボールを運んで侵入してきたCBへアンカーを背中で消しながらプレッシングをかけることが定跡だ。しかし、前田はブスケッツに必要以上に執着。そのしわ寄せを解消すべく、田中がパウ・トーレスまで出ていっているようだった。
インサイドハーフコンビの立ち位置に日本のセントラルハーフが引っ張られることを認知したスペインは、トップのアルバロ・モラタが降りてきてボールを受けることで日本を動かす策を早速披露する。その警告によって日本のセントラルハーフは中央に絞るようになるが、直後にパウ・トーレスから逆サイドのガビへボールを通され、あわやの場面を作られてしまう。鎌田はスペインのDFラインに、守田はモラタとブスケッツに気を取られていた。
その後のスペインは左ウイングのダニ・オルモが内側へ、バルデが大外に移動。そこからブロックの外へ降りたペドリに後方支援を行う配置変更を見せるが、ペドリを久保、バルデを伊東純也、田中が板倉滉とダニ・オルモを担当することで、この企みを阻止することに成功している。日本の右サイドは田中が少し前にはみ出しても板倉が+1になることで、久保、伊東と数を合わせてマークを明確にさせる計算で、その目論見は実際に機能していた。
ボール循環をアスピリクエタへ誘導
しかし鎌田に比べると、田中の立ち位置は少しだけ後方になってしまう。そもそもの2人の初期配置が異なるから仕方ないことだろう。それゆえにスペインはパウ・トーレスがボールを持つ機会が自然と増えていくこととなった。日本もそれは織り込み済みのようで、だからこそ久保がバルデを警戒する役回りになっているのだろう。
となると、スペインの狙いはパウ・トーレスから逆サイドへの展開。5分にパウ・トーレスから出たガビへのパスはまさに再現性のある攻撃となった。モラタが降りてくること、守田がどうしてもブスケッツが気になることでパウ・トーレスからガビへのパスラインが発生してしまう瞬間が序盤のハイライトであった。
日本はゴールキック時に伊東を前に出す4バックへの変化と、ボール保持での3バックへの変化を準備をしてきたようだったが、スペインの素早いプレッシングを前に、ズレを利用したポゼッションというより速攻を仕掛けるしか選択肢はなかった。ただし速攻からのプレッシング発動も日本の狙いだ。伊東のシュートに繋がった場面は、日本の強度の高いプレッシングでブスケッツのコントロールミスを誘ったのが起点。つまり、日本からすればボールを保持する時間があるには越したことはないが、速攻でもOKという姿勢で試合に臨んでいたのだろう。
スペインのボール保持に対して日本は自陣では[5-4-1]で構え始め、鎌田がガビを見るように手当をしていく。なお久保はバルデ担当感が強く、敵陣では3トップの右ウイングのようにプレッシングを行うが、早々にサイドハーフのタスクに移行するようだった。パウ・トーレスまで出ていく機会が増えた田中に対して、ペドリはその背中に隠れないような立ち位置を取るようになったが、そのマークを板倉に託すことで迷いを減らしていく。
そして鎌田、久保で左右差をつけた狙いが徐々にピッチ上で現れるようになる。「アスピリクエタへボールを出させる→鎌田が寄せる→アスピリクエタからロドリへのバックパスを前田が狙う」という流れが何度も繰り返された。つまり配置の歪みによるボール循環の誘導によって、アスピリクエタ周辺をプレッシングのスイッチとしていた可能性が高い。
なお久保サイドはバルデ、ダニ・オルモを最大警戒のため、バックパスをスイッチにするシーンはほぼなかった。久保というよりは田中と鎌田の役割が同じで、アスピリクエタには最初からボールを持たせる計画だったのだろう。よってパウ・トーレスがボールを持つ展開が多くなっていったことは日本のプレッシングルールを所以としていた。
それでもスペインが11分に先制できたのは、パウ・トーレスの根性のおかげだ。ボールを運ぶパウ・トーレスは田中との球際勝負で負けず前線へとボールを届ける。その先のダニ・オルモの強引なクロスはガビに入ったため、日本はゴールを守ることを優先する。無論その判断は間違っていないが、結果として配置の整理を差し置いてゴール前の集結を先にした状況となり、フリーのアスピリクエタのクロスから板倉の背中で待つモラタのヘディングが炸裂することとなった。
日本のキックオフはデザインされている感が強く、前田を囮にして伊東に届ける奇襲は成功していた。失点によりプレッシングの開始点を高めてもよさそうだが、時間はまだまだ残っている。前田がCBまで徐々に出ていくようになっていったが、ボールを奪うというよりは離させることが目的のようだった。セントラルハーフコンビはインサイドハーフコンビに注視したい様相だったが、2人の距離が離れた途端にモラタが現れる。ボールを繋ぐチームのワントップとしてお手本のようなプレーだった。
追撃と2度追いによる日本の意思統一
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Profile
らいかーると
昭和生まれ平成育ちの浦和出身。サッカー戦術分析ブログ『サッカーの面白い戦術分析を心がけます』の主宰で、そのユニークな語り口から指導者にもかかわらず『footballista』や『フットボール批評』など様々な媒体で記事を寄稿するようになった人気ブロガー。書くことは非常に勉強になるので、「他の監督やコーチも参加してくれないかな」と心のどこかで願っている。好きなバンドは、マンチェスター出身のNew Order。 著書に『アナリシス・アイ サッカーの面白い戦術分析の方法、教えます』(小学館)。