“ドーハの奇跡”を呼び込んだ「マンマーク大作戦」。真っ向勝負に乗ったドイツ、ゲームモデル硬直化の謎
日本戦徹底解剖
ドイツ相手に下馬評を覆す1-2の逆転勝利を収め、カタールW杯初戦を白星で飾った日本代表。日本中が歓喜に沸いた注目の一戦で繰り広げられた戦術的攻防を、2月9日に『森保JAPAN戦術レポート』を上梓するらいかーると氏に分析してもらった。
開始4分で見破られた日本のルール
ドイツのキックオフで始まった試合のオープニングは、ロングボールによる奇襲だった。ボール保持を志すドイツからすれば意表を突いたつもりだったかもしれない。しかし、これを日本が冷静に跳ね返すと、他のW杯の試合とは異なり明確に構図が現れることになる。お互いに様子見のロングボール合戦をするつもりはなく、ボール保持で試合をコントロールしたいドイツとボール非保持で真っ向勝負を挑みたい日本の思惑が一致したゆえに、開始早々から両チームの自己紹介が始まった。
相手陣地のセンターサークル付近で[4-4-2]からプレッシングを開始する日本は、[4-2-3-1]を基本陣形とするドイツ相手に最初から特徴的なプレッシングを見せていた。右CBのアントニオ・リュディガーには前田大然が素早くプレッシャーを与え、左CBのニコ・シュロッターベックには鎌田大地がゆっくりと圧力を加えていくという設計だ。特に、左サイドのセントラルハーフ(主にイルカイ・ギュンドアン)を抑える位置からシュロッターベックにボールが入れば出ていき、遠藤航や田中碧と連携して相手の中盤2枚、ヨシュア・キミッヒとギュンドアンを捕まえる鎌田の役割は序盤から明確だった。
対するドイツの最初の手は、捕まっているギュンドアンたちが前田の周りにプレーエリアを下げることだった。自分たちがボールを受けて起点となるため、リュディガーとシュロッターベックに運ぶドリブルで前進してもらうためと多くの理由が考えられるところだろう。早速リュディガーがサイドチェンジで対角のボールを入れた場面から、ゆっくりとドイツが日本のプレッシングルールに対応を始めていくことになる。
一方の日本は、鎌田と前田の位置が入れ替わっても両CBへの対応が変わらないため、シュロッターベックにボールを持たせる作戦は間違いなくチームの決まりごととなっていた。そこでドイツが打った次の手は、トップ下のトーマス・ミュラーによる移動。ギュンドアンたちがプレーエリアを下げたことで守備の基準点をどうするか模索中の日本の中盤に颯爽と現れ、サイドに流れていくミュラーには田中がついていくようになる。この移動がワントップのカイ・ハベルツが降りるプレーエリアの確保とキミッヒたちの自由化に繋がっていった。なお、ここまでわずか開始4分の出来事である。
自陣でギュンドアンからボールを奪いロングカウンターを完結させた日本だが、前田のゴールはオフサイドで取り消しになった。しかし、ドイツからすれば戒めを課されたことだろう。
警戒するドイツはGKマヌエル・ノイアーを経由して配置をリセットしながら、日本のプレッシングと向き合っていく。日本は相手の左サイドバック、ダビド・ラウムの高い立ち位置に右サイドハーフの伊東純也が下がって対応を開始したものの、逆サイドでは外へ流れていくミュラーに対して有効打を打てない時間が過ぎていった。左サイドを担当する久保建英、田中にとっては試練の時間であったろう。ドイツは放置される傾向にあったシュロッターベックの位置をさらに押し上げる代わりに、ギュンドアンが低い位置でボール保持の舵を取るように変化していく。伊東はすでに5バックの一員のような振る舞いになっており、その裏を突かせるためにシュロッターベックにボールを持たせていたとしても、絵に描いた餅と言われても仕方がないだろう。
ギュンドアンたちのサリーダ・ラボルピアーナによって前田のプレッシングから自由になりつつあるリュディガーは対角のロングボールをラウムに蹴ることで、長短のパスの長の部分を担うようになっていく。なお、サイドチェンジはシュロッターベックも得意としているようで、長いボールはCBが、短いボールを中盤が担当しているようだった。もちろん、双方ともにどちらも実行することはできるのだろうが。
時間の経過とともに、日本のプレッシングに対するドイツの理は落ち着きを見せるようになる。ギュンドアンかキミッヒが降りることで、CBに時間とスペースを与える。ミュラーや左サイドハーフのジャマル・ムシアラが中央に現れることで遠藤たちの注意を引く。そしてSBから自由になったキミッヒたちをビルドアップの出口とする作戦で、日本を中央から攻略していった。
左サイドは比較的フリーなシュロッターベックによる前進、右サイドはミュラーのサイドへの流れによる密集からのコンビネーションを日本攻略の軸としていたドイツ。日本はボールを奪うポイントを整理することはできず、前田と鎌田がドイツのCB付近にいる選手たちへのファーストDFになった後に発生するわずかな隙間をキミッヒたちに使われる悪循環に陥っていた。キミッヒのミドルシュートを権田修一が止めた一連の流れは、ドイツがやりたいことを表現できた場面だった。
失点は伊東の責任なのか?
23分過ぎになると、ドイツはラウムが降りてくる場面が少なくなり、残ったDF3枚でビルドアップをする様相へと完全に変化していった。明確な3バック化がドイツの最後の自己紹介となる。ただし、ビルドアップでは3バックの右CBとして、相手を押し込んだら4バックの右SBとして振る舞う器用さをニクラス・ズーレは発揮していた。
日本がリュディガーへのプレッシングの圧を強める理由は、ズーレでボールを奪う意図があったのではないだろうか。しかしズーレがビルドアップで失敗をする場面はなく、困った時は迷わずにボールをノイアーに下げながらも、ギュンドアンたちが出口を作ると確実にパスを届けていたズーレだった。おそらくズーレがここまで器用に振る舞えることは日本の計算ミスだったのではないだろうか。さらに3バックへの変化にとってリュディガーが中央エリアでプレーするようになり、前田の役割がぼやけたこともドイツが流れを引き寄せた原因となる。
ギュンドアンのミドルシュートに繋がった場面は相手の変化にも関わらず、久保がズーレに寄せたことで攻撃のスイッチを入れさせてしまっていた。また、前田、鎌田もどの方向にボール循環を誘導するかが曖昧になっている。特に前田はかなり自陣に下がって守備をするようになったものの、カウンターを考えれば下がり過ぎることはよくはない。さもないとやられると考えたのだろう。なお、ラウムのクロスを権田が弾いたシーンも、久保のプレッシングがドイツの攻撃のきっかけとなっている。
久保がプレッシングを修正する頃に、日本は段々と3バックに対する準備を整えるようになっていった。それまで下がりに下がっていた伊東はシュロッターベックを監視するようになり、前田と鎌田もキミッヒたちを見ながら我慢をするようになっていく。しかし堪える久保を尻目に、ミュラーを3人目とするビルドアップの出口になったのはハベルツ。そこからこの試合でずっと使われていた前進した後の1列目と2列目の間をキミッヒに活用された日本は、前に出ていた伊東が間に合わずPKを与えることとなった。伊東の立ち位置が議論となるところだが、3バックに対して明確な解答をチームで示すことができていなかったのも事実だ。個人の判断とチームの約束事、そして現場での判断の間で取るべきバランスを見極めるのは非常に難しい。
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Profile
らいかーると
昭和生まれ平成育ちの浦和出身。サッカー戦術分析ブログ『サッカーの面白い戦術分析を心がけます』の主宰で、そのユニークな語り口から指導者にもかかわらず『footballista』や『フットボール批評』など様々な媒体で記事を寄稿するようになった人気ブロガー。書くことは非常に勉強になるので、「他の監督やコーチも参加してくれないかな」と心のどこかで願っている。好きなバンドは、マンチェスター出身のNew Order。 著書に『アナリシス・アイ サッカーの面白い戦術分析の方法、教えます』(小学館)。