“後出しじゃんけん”ではございません。異質なカタールW杯を前に、日本代表の新たな在り方を提案する
喫茶店バル・フットボリスタ ~店主とゲストの本音トーク~
毎号ワンテーマを掘り下げる雑誌フットボリスタ。実は編集者の知りたいことを作りながら学んでいるという面もあるんです。そこで得たことをゲストと一緒に語り合うのが、喫茶店バル・フットボリスタ。お茶でも飲みながらざっくばらんに、時にシリアスに本音トーク。
川端さんが「結果が出る前に言っておきたい」とのことで、彼がカタールに飛ぶ前日に急遽バル開店。テーマはカタールの人権問題、そして大きな転換期を迎えた日本代表のピッチ内外での在り方だ。
今回のお題:フットボリスタ2022年11月号
「日本と、世界で勝つための戦術」
店主 :浅野賀一(フットボリスタ編集長)
ゲスト:川端暁彦
バル・フットボリスタが書籍化!
「カタールの人権問題」に感じた温度差
川端「さて、マスター。年一回の恒例企画『バル・フットボリスタ』。2022年版を開催するときが来ましたね」
浅野「え、年1回になったんだ(笑)。店主の俺も初めて知ったんだけど。ちなみに、記憶の彼方だけど、前回はいちおう2022年の4月にやっています」
川端「こう言っておくと、増えた時のお得感が出る一方、アップされなくて不満が溜まるということもないかなという高等戦略です」
浅野「では、急に『明日やろう』とか言い出したのは、なぜなんですか!?」
川端「いや、まあW杯前というのはいろんなことを語る区切りとしてはいいかな、と……。深い意味はありませんでした(笑)」
浅野「フットボリスタでも本誌でW杯特集をやったり、選手名鑑を出したりしていたので、ちょうど良かったりはします」
川端「名鑑、実は私も寄稿しています。『ネタに走って書いてほしい』と言われて苦しみました」
浅野「日本代表の名鑑は難しいよね。あと、2大会連続となる英紙『ガーディアン』とのコラボ企画の執筆もありがとうございました(笑)」
川端「あれはあれで難しかった! 『君が代』を短い文字数で英国人に説明するとか難易度高いでしょ(笑)」
浅野「もう時効なので言っちゃうと前回大会の川端さんの日本代表の記事が『英高級紙のガーディアンにめちゃくちゃ細かい日本代表情報が載っている』と日本に逆輸入されていろんな媒体で記事化されていたのは笑いました」
川端「『大迫ハンパない』のやつね。あれは気まずかった。ちゃんと読むと俺のクレジットは入っているんだけれど、各媒体そこをすっ飛ばして書くから……」
浅野「『英国発の記事』という体裁で書かれちゃってましたからね。嘘は言っていないが(笑)」
川端「あと、やっぱり英国人に向けて書いてるのを日本人向けの記事にされるムズムズ感も凄かった。今回で言うと、『国歌としての君が代』作成に携わったメインキャストはアイルランド生まれの英国人ジョン・ウィリアム・フェントンですよという話を入れてるんですが、短い文字数の中でそこにフォーカスするのはまさに英国の新聞に寄稿しているからだったりするわけで」
浅野「対象としている読者が違うから受け取り方が変わるのは翻訳記事が抱える構造的問題だよね。まあ、それはyahooに配信される専門メディアの記事でも一緒かもしれないけど」
川端「お金を払ってわざわざ買うような人だけがターゲットになるわけじゃないから、この時代の書き手は『誰』を想定して書けばいいのか難しい。それをグローバル規模で味わえるのは新鮮ではありました。あと、ドイツのメディアからの取材でも同じような質問が出てたけど、やっぱ『カタールの人権問題』が向こうでは大きなトピックなんだという実感もあった」
浅野「フットボリスタでも前々号の『ワールドカップから学ぶサッカーと社会』特集でその問題を取り上げました。大会の盛り上がりに水をかける部分もあるかもだけど、知っておかなければいけない側面だと思ったので」
川端「ドイツのメディアからは『欧米のサッカーファンは大会をボイコットする考えだが、日本のサッカーファンは大会をボイコットしないのか?』みたいなことを聞かれた」
浅野「欧州や北米では『カタールに応援へ行くのをやめよう!』と呼び掛ける動きはいろいろあるみたいですね」
川端「俺たちの感じている根本的な部分での温度感の差って、でも西欧で生活している人たちにはイメージできないんだろうなあというのも改めて思った。だって、アジアにおいて『人権侵害のある国や独裁国家での大会には参加しない!』ってやり出したら、俺たちは半分以上の大会に出られないわけで、僕らにとっては『人権侵害のある国でスポーツの国際大会が行われる』というのは特殊な事象ではなく、日常的な出来事なんだよね」
浅野「あと日本ではスポーツと政治を結びつけることをタブー視されている風潮があるから、W杯に絡めてカタールの人権問題を語るのは避けられている気もする」
川端「その点も『ガーディアン』でもドイツのメディアでも言ってきましたが、伝わったかな……。スポーツと政治は、過去の歴史的経緯もありますからね。あと、向こうの人のアクションとか見ていると、イスラム教それ自体への嫌悪、彼らの日常から繋がるヘイトと結び付いているような部分も見え隠れするから、余計に難しいなと思った」
浅野「国際世論として人権侵害に厳しい目が向けられるのはポジティブでもあるけどね」
川端「それはもちろん。人権侵害は悪ですよ。アジアの現状が良いとも1ミリも思わない。ただ、4年前にやりたい放題していたロシアのプーチンに対しては何も言わなかった人たちが血気盛んにやっているのを見ると、大国相手には言えないけど、カタールみたいな小国には言いたい放題なようにも見えちゃうから、やっぱり違和感がぬぐえない。W杯や五輪の開催資格について『人権を尊重する民主主義国である』ということを持ち込むことはありかもしれない。開催地を決める時に立候補資格としてそういった条項を作って運用するならわかる。でも前回の開催地がロシアだったことからもわかるように、大きな国相手にはそれをできないわけじゃないですか。次の五輪は中国が開催地です。彼らはビッグスポンサーとセットですし、それを忌避することはできない。でもカタールは小国だから言いやすいし、やりやすい、だからやっちゃいます。そこには違和感がある」
浅野「そもそも今回のW杯は開催地決定の経緯も含めて、単純にカタールだけを悪と言えるような問題じゃないしね。サッカーと社会特集でイタリア人のジャーナリストにカタール問題について欧州視点ではあるけどあまり肩入れせずにフラットに書いてもらいましたが、それはそれで興味深かったです」
川端「厳しい目を向けるのはいいし、虐げられている人々を保護することも大切。ただ、SNSを軸とした『正義のけしからん目線』みたいな運動はどうなんでしょうね。『あいつはカタールに◯◯代表の応援に行くということは人権侵害を容認している。けしからん!攻撃しよう!』みたいな動きはどうなんだろう?」
浅野「カタールW杯参加が個人の思想の踏み絵みたいになっているのは行き過ぎだよね」
川端「クロップさんが選手に行動を求めるのは不公平だという発言をしていたけど、あれは共感したけどね。だいたい、UEFA勢が土壇場でカタールに寝返ったからカタール開催になったんじゃないのか、という気持ちもある(笑)」
浅野「UEFAというか、プラティニが取りまとめた欧州票が土壇場でアメリカからカタールに寝返った経緯も特集で書いていますので、ぜひご一読ください(笑)。そのあたりも含めて、決して単純な話ではないし、カタールW杯に対してどう関わるかはその人の立場や思想も含めて自分で決めればいいわけだからね。ボイコットする人がいてもいいし、参加する人がいてもいい。ただ、逆の立場の人を攻撃するのはよくないよ」
川端「オキシトシン(『母熊のホルモン』と呼ばれ、身内への愛情と連帯、集団の敵への攻撃性を促すやつ)が暴走してしまうんや」
浅野「ワクチン問題とかでも感じていたけれど、対立を生んでしまうのはSNSの負の側面ですよね」
川端「正負も単純に分けるのも難しい。そうやって正義の団結を促すことで救われる人だって実際いるわけだしね。ただ、その正義の団結感の心地良さがヘイトを増幅しやすいのも間違いない。それは日本代表とかでも感じるところでしょう」
「日本代表」という巨大コンテンツの魅せ方
浅野「森保監督をめぐる言論ね」
川端「森保監督に限らず、かな。代表選手個人に対しても、『そんなこと言うの?』っていう言説があふれているでしょう。SNSの浸透によって社会のあらゆる面で分断が進んでいて、『日本代表』は善くも悪くもそれを象徴しちゃっているところはある。『正義の怒りをぶつける』対象をみんなで探しているような時代だし」
浅野「一方で、日本代表はそういう時代だからこそ、もう少しメディア対応は考えた方が良いかもなとは思ったかな。強化段階から試合の意図や選考の狙いをもう少し説明したりして。今の最終準備フェーズで説明する必要はもうないけど(笑)」
川端「そこはかねてより主張している『代表スポークスマン』がやっぱり必要なんですよ。SNS含めて語れる中の人」
浅野「スポークスマンはいるね。このSNS時代に監督にすべてを背負わせるのはきつい」
川端「あとYouTubeでやるなら代表発表一つとっても配信はもっと工夫しないとダメで、そこにリソース投入した方がいいです。あそこは予算かけて、『見せる』場にしないと。それができないなら、無理に生でやらない方がいいまである」
浅野「代表発表の見せ方は、一部のサッカー関係者からも批判されていたね。今の時代はそういうブランディングも絶対大事で、他の代表チームの例もあるから参考にできるものはどんどん取り入れた方が良い」
川端「記者会見は別にエンタメじゃないけど、YouTubeという場で露出するならエンタメになるのは避けられないわけで。個人的には、記者会見とは別の形でやった方がいいと思っています。代表メンバーって発表の1秒前に決まるとかじゃないんだから、事前に準備できるし、仕込んだ方がいい。ちゃんと『魅せる』形で発信した方が絶対いいです。ただ、本当に議論すべきは、そういうディテールの話じゃなくて、もっと大きな『広報戦略』のところだと思います。そもそも、そういったパートに予算をかけるべきかという話から」
浅野「日本代表人気が低下していると言われていますしね」
川端「サッカー人気そのものも落ちてはいる――というか、そもそも『スポーツ中継』というジャンル自体が斜陽になっている面があるのは否めないですし、動画コンテンツが多様化して、山のような選択肢が存在している中の1つとしての『サッカー』になっているわけですから。いわゆる“国民的娯楽”はもう存在し得ない世界が来ている」
浅野「今まで巨大コンテンツとして君臨していたからこそ変えづらい部分があるのは理解していますが、そろそろ本格的にリブランディングに手をつけた方が良いと思います」
川端「間違いない。昔はテレビを中心とするメディアが主導して物語を共有してくれたわけですが、今は違いますからね。選手個々人の発信も強まっている時代だからこそのアプローチがもっと必要で、繰り返しになりますが、そこにはもっと大きなリソース、予算が必要です。日本サッカー協会全体が倹約モードに入っている中で難しいのはわかっているんですが、ここは未来のためにマジで金をかけた方がいい。もちろん金をかければいいというわけじゃないんですが、そこは前提ではあるんですよ。そのための人材も必要ですから」
浅野「ファンが楽しんでいる様子を発信してくれるのが最大のプロモ―ションなので、それを促す規制緩和も方法の1つかもしれません。これはJリーグも一緒ですが」
川端「そこも間違いない。日本は特に規範に厳しいので、ちゃんとした意識を持ったファンほど発信できないというジレンマがありますしね。無法者はいろいろやれちゃう(笑)」
浅野「そのかせを解き放って、ルールがある中で、みんなで楽しめる空間を作っていけるといいですよね」
川端「ただ、実際は『日本サッカー協会が日本代表の権利を独占できているわけではない』という現実があるので難しいことも多い。日本で行われる親善試合、例えばキリンチャレンジカップの映像や画像はいろいろとやりようありますが、公式戦はそもそも権利がないんですよね」
浅野「そこも問題になるよね。地上波の生中継ができないというのもそういうことだし」
川端「じゃあ、試合と関係ない部分での見せ方がもっと他にあるんじゃないか、とかね。いずれにしても、『コンテンツとしてのスポーツ中継はゲーム実況に喰われる』という未来図がリアルに語られるようになっている現代だからこそのアプローチはもっと必要だと思います」
もはや誰が出てくるかわからない異質なW杯
浅野「そろそろ、ピッチ上の話をしますか」
川端「日本代表のピッチ上のことは、もう何も考えられなくなってきた。何しろ初戦のピッチに誰がいるのかまったくわからない(苦笑)」
浅野「11月・12月開催のW杯は事前にケガ人が出過ぎて、各国本当に大変そうですね。そこもカタール開催がヘイトを集めている一因になっています」
川端「だって、プレミアリーグが中断した1週間後にW杯開幕ですよ。絶対おかしいでしょ(笑)」
浅野「ぶっちゃけメッシやネイマールはPSGでケガしないようにプレーしていたと思います(笑)」
川端「日本は前回3度の親善試合を経てW杯に臨みましたが、今回はカナダ戦1試合をねじ込むのが精一杯。しかも遅れて合流する欧州組は、負傷とか関係なしに元よりここでガッツリ出るのは無理と見られていた。実質、ぶっつけ本番は確定していたわけで、そしてこれは日本だけじゃない」
浅野「準備は大変だよね。相手への対策どうこうより、ケガ人や病気の選手が本番に間に合うかが最大のテーマになってしまった」
川端「チームの戦術的、肉体的な準備としても難しいですが、我われ観る側も心の準備がまったくできていません(笑)。もうすぐ開幕なのに、欧州各国から徐々に集合してくるこの流れは斬新ではありましたが……」
浅野「新時代のW杯だな」
川端「だから開催国のカタールやサウジアラビアみたいに、自国でプレーする選手でガッツリ固めてリーグ戦も早めに終えている国は有利になる大会だと思います。彼らが台風の目になる可能性はある。中東の環境に慣れているという地理的なアドバンテージもありますし。だって、どう考えてもほとんどの国は準備不足ですよ(笑)」
浅野「グループステージはどこも戦いながらチームを作っていくしかないね。ぶっちゃけ初戦で勝つか負けるかでチームの命運が決まる気がする」
川端「よし、ドイツさん。黒星で始まるのはよくないから、初戦は引き分けでいこう!(笑)」
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Profile
川端 暁彦
1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣『エル・ゴラッソ』を始め各種媒体にライターとして寄稿する他、フリーの編集者としての活動も行っている。著書に『Jの新人』(東邦出版)。