スタンドに輝く笑顔を!ロアッソ熊本は大木流スタイルで「人生を変える」大一番へ
2022J1参入POスペシャルプレビュー~ロアッソ熊本~
いよいよ30日に幕を開けるJ1参入プレーオフ。1チームだけが昇格を懸けて、J1クラブと対峙する権利を得られるこの痺れる舞台が、3年ぶりに帰ってきた。2022年シーズンのJ2リーグ4位はロアッソ熊本。昨シーズンのJ3で見事に優勝。今季はJ2復帰初年度ながら、大木武監督のスタイルを河原創、杉山直宏、菅田真啓のような、ここ数年でチームに加わった“大卒”の若手たちを中心に、選手が十二分に体現。クラブ史上初となる晴れ舞台へ堂々と向かう。プレーオフ1回戦の相手は5位の大分トリニータ。果たしてこの一戦はどういう展開を辿るのか。ロアッソ熊本の番記者、井芹貴志が注目の90分間をプレビューする。
J3優勝の戦力をそのまま維持できたアドバンテージ
昨シーズンのJ3で優勝を果たしてJ2の舞台に戻ってきた熊本。ただ、4シーズンぶりの「復帰」と言っても、2018年に降格した当時から在籍していた選手は数名にとどまり、実質は初めてJ2に挑む選手の方が多かった。「どこまでやれるか楽しみ」「やれる自信はある」との声も聞かれたものの、開幕の時点で「プレーオフ」や「昇格」といったフレーズが具体的な目標として語られていたわけではない。
しかし、42試合を戦い終えてクラブ史上最高位となる堂々の4位フィニッシュ。昇格1年目でのプレーオフ進出を果たした。その要因として考えられることはいくつかあるが、織田秀和GMは「昨季の主力選手のほとんどが残ってくれた」ことを理由のひとつに挙げる。
一昨年のチームからは、MF中原輝(セレッソ大阪)、FW谷口海斗(アルビレックス新潟)、DF石川啓人(レノファ山口FC)と、スタメンで出場し得点源となっていた選手が戦いの場を上のカテゴリーに移したが、今季スタートの時点で昨季の主力から抜けたのはDF岩下航(柏レイソル)のみで、2021年のJ3にフル出場したDF黒木晃平とMF河原創、チーム最多得点のFW髙橋利樹ら、軸となる選手の多くが残留。またFWターレスは名古屋グランパスに完全移籍となったものの、期限付き移籍で今季も在籍することになったほか、DFイヨハ理ヘンリー、MF三島頌平、FW粟飯原尚平と、大木武監督の元でプレーした経験のある選手をはじめ、鹿児島ユナイテッドFCからMF田辺圭佑が復帰。新卒選手も即戦力として期待できる5人が加入するなど、戦力ダウンは最小限にとどめつつ、わずかながらもアップ、あるいはそれが望める編成でスタートできたことが大きかった。
プレシーズンにはサンフレッチェ広島や徳島ヴォルティス、ヴァンフォーレ甲府といったチームとトレーニングマッチを行い、昨季の布陣をベースに新加入選手を試しながら馴染ませて可能性を探り、小さくない手応えを得ている。
またリーグ戦への向き合い方として、「6試合ごとに勝点10」(=シーズン終了時点で70)という目標を設定。先を見過ぎず、目の前のゲームに力を注いで、まさしくM-T-M(Match-Training-Match)のサイクルで一戦ごとに課題を修正、勝っても負けても切り替え、「常に大事なのは次の一戦」というメンタリティで勝点を積み上げることを目指した。
走り切れるチームが夏場に掛けたスパート
レノファ山口FCとの開幕戦に引き分け、第2節のモンテディオ山形戦はミス絡みで3失点して敗れたものの、第3節の大宮アルディージャ戦は新加入の粟飯原のヘディングによる逆転で初勝利。この1勝が選手たちの自信を確かなものにした。
第5節のV・ファーレン長崎戦、第9節の東京ヴェルディ戦の勝利も大きかったが、前述の6試合ごとの区切りで見た場合、最初の6試合は2勝2分2敗の勝点8、次は1勝3分2敗の勝点6と、序盤はまだ波に乗れていない。
だが、連敗はなく、ホームでベガルタ仙台に敗れた後のアウェイ、第13節のいわてグルージャ盛岡戦に競り勝つと、中2日で臨んだアウェイ・横浜FC戦では、アディショナルタイムに伊東俊がゴールを決めて、開幕から無敗だった相手を破って今季初の連勝。その後、ホームにFC琉球を迎えた第15節に敗れて3連勝こそ逃したものの、第3クール(第13〜第18節)の6試合で4勝1分1敗の勝点13と挽回。リーグ戦前半を、6位のモンテディオ山形と同じ勝点30の9位で折り返している。
勢いがついたのは後半。J3に降格する以前の熊本は、気温の上昇にともなって夏場にペースダウンするシーズンが少なくなかったが、今シーズンは逆に、暑い時期にもペースを落とさなかったばかりか、7〜9月の15試合でわずか2敗と、大きく勝点を伸ばした。失点の多かったシーズン前半を踏まえて、スペースが生じるリスクを負ってもDFラインを数m高く設定し、前線プレスと連動したポジショニングによって、ミドルゾーンでのボール奪取の回数やセカンドボール回収率を高め、それによって自分たちがボールを握る位置が高くなり、バイタルへの相手の侵入を減らせたことがその要因。
これを実践するには、全体的な押し上げと背後に出された際に帰陣するための相応な運動量が欠かせないのだが、プレシーズン、というよりも大木監督が就任した2020年から地道に取り組んできたトレーニングによるベースの走力強化が、それを可能にした。また散発的には新型コロナの陽性者が出たものの、チーム活動の休止など試合日程に影響するほどの状況にはならなかったことも幸いしたと言える。
第26節、第27節の今季2度目の連勝でプレーオフ圏の6位に浮上すると、第33節の東京ヴェルディ戦以降、大宮アルディージャ、V・ファーレン長崎を相手にいずれもシーズンダブルの3連勝。ホームにブラウブリッツ秋田を迎えた第39節で7試合ぶりの敗戦を喫したが、続く第40節のザスパクサツ群馬戦では今季最多5ゴールと攻撃が爆発し、ホームで6位以内を確定。最後は今季初の連敗となったものの、自動昇格を果たした2位の横浜FCにも互角に渡り合って3点を奪い、2万を超えた観客に大木体制で積み上げてきた攻撃的なスタイルを披露した。
「目の前のゲームに勝つ」スタンスは変わらない
チームとしては初めてのプレーオフだが、大木監督にとっては京都サンガF.C.を率いていた2012年、2013年以来、3度目となる。この2回はいずれもプレーオフ進出チームの中で最上位となる3位でリーグ戦を終え、上位チームのアドバンテージがあった中、2012年には準決勝で大分トリニータに、そして2013年には決勝で徳島ヴォルティスに敗れ、J1昇格を果たせていない。
第40節のザスパクサツ群馬戦の2日前、「勝てば6位以内が確定し、プレーオフ進出が決まる」という点に話を向けると、大木監督は次のように答えた。……
Profile
井芹 貴志
1971年、熊本県生まれ。大学卒業後、地元タウン誌の編集に携わったのち、2005年よりフリーとなり、同年発足したロアッソ熊本(当時はロッソ熊本)の取材を開始。以降、継続的にチームを取材し、専門誌・紙およびwebメディアに寄稿。2017年、母校でもある熊本県立大津高校サッカー部の歴史や総監督を務める平岡和徳氏の指導哲学をまとめた『凡事徹底〜九州の小さな町の公立高校からJリーガーが生まれ続ける理由』(内外出版社)を出版。