バルサの歴史と枝分かれした、トータルフットボールをめぐるもう1つの物語
『バルサ・コンプレックス』発売記念企画#10
4月28日に刊行した『バルサ・コンプレックス』は、著名ジャーナリストのサイモン・クーパーがバルセロナの美醜を戦術、育成、移籍から文化、社会、政治まであますところなく解き明かした、500ページ以上におよぶ超大作だ。その発売を記念して現地でオランダサッカーを見続ける中田徹さんが、トータルフットボールの始祖ヨハン・クライフの母国オランダで脈々と受け継がれる“アナザーストーリー”を綴る。
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『バルサ・コンプレックス』の著者、サイモン・クーパーは60ページに「今時のファンがYouTube映像でクライフを知ろうとすれば、期待を裏切られかねない。(中略)クライフの非凡さは、90分間を通じて試合を眺めることによって本当に理解される」と記している。
確かに、クライフのリーダーシップや、危険を察知して味方のゴール前でスライディングしてピンチを防ぐシーンなど、フルマッチ映像を見ることによって非凡さを理解することはできる。しかしYouTube映像でも、クライフのスタイリッシュなプレーは今なお色褪せることはないと、私は思う。
テン・ハフが実現した『トータルフットボール2.0』
74年W杯のオランダ代表の映像を見直すと、近年のアヤックスのサッカーと似通っている点が数多くあった。右SBのスールビールが縦、バイタルエリア、逆サイドへと攻め上がるシーンは、まるでマズラウィ(来季からバイエルン)のようだ。左SBクロルが中盤で厚みを作る役目は、ブリントのタスクと一緒。“偽9番”と“6番”の違いはあるが、中盤でマークをかわしながらボールを前に運ぶクライフのプレーは、フレンキー・デ・ヨンク(バルセロナ)も得意とするところ。ネースケンスとファン・デ・ベーク(マンチェスター・ユナイテッド)はともにフリーランニングでチャンスを作ったり、ファーストディフェンスで威力を発揮したり、自らゴールを奪うことのできるMFだ。当時の「ボール刈り」は現在「ショートカウンター」としてアヤックスの武器になっている。
74年W杯は48年も前のことだが、『トータルフットボール』という経典は近代サッカーに通ずるものがある。
同書によるとトータルフットボールは「具体的な名称をつけられずにいたアヤックスの人々に代わり、諸外国で“トータルフットボール”の呼び名が授けられた」のだという。オランダ国外発祥の言葉であるが、トータルフットボールという単語が載っている辞書はオランダ語だけだろう。
totaalvoetbal:トータルフットボール(サッカー)[全員で守り全員で攻撃するタイプのサッカー]【出典:講談社オランダ語辞典】
それだけトータルフットボールはオランダ人にとって大切に守るべき言葉なのだ。しかし、なにより大事なのは、その言葉の理念を継承していくことだ。エリック・テン・ハフの指揮の下、アヤックスのサッカーが『トータルフットボール2.0』と呼ばれたのは2回ある。最初はCLベスト4に進出した18-19シーズン、次がCLグループステージで6戦全勝した21-22シーズンだ。
テン・ハフはバイエルン・ミュンヘン・リザーブチーム監督時にグアルディオラの薫陶を受けた。グアルディオラ本人は、クライフの愛弟子である。このようにしてクライフイズムは指導者から指導者へと継がれていく。ましてや、アヤックスというクラブは、クライフそのものである。現在のアヤックスの育成システムも『プラン・クライフ』が基になって形作られている。クライフ式育成システムで育ったタレントと、クライフイズムの流れをくむ指導者がうまく噛み合ったのが『トータルフットボール2.0』だった。
育成改革『プラン・クライフ』の中心人物ヨンク
クライフは故人となったが、弟子たちはクライフの志を引き継いでいる。……
Profile
中田 徹
メキシコW杯のブラジル対フランスを超える試合を見たい、ボンボネーラの興奮を超える現場へ行きたい……。その気持ちが観戦、取材のモチベーション。どんな試合でも楽しそうにサッカーを見るオランダ人の姿に啓発され、中小クラブの取材にも力を注いでいる。