“偉大”にして“普通”なクラブ。バルセロナがサッカーファンから愛され続ける理由
『バルサ・コンプレックス』発売記念企画#6
4月28日に刊行した『バルサ・コンプレックス』は、著名ジャーナリストのサイモン・クーパーがバルセロナの美醜を戦術、育成、移籍から文化、社会、政治まであますところなく解き明かした、500ページ以上におよぶ超大作だ。その発売を記念してTwitterからの論客、tkq氏に書評を綴ってもらった。
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「バルサ」という言葉を聞くと、サッカーファンの心に小さくないさざ波が立ちます。バルサファンならもちろんのこと、普段あまりバルサの試合を見ない人にとっても、それは当てはまります。どういう音色を立てるかは各人にとって違うにしても、その響きが特別な意味を持っている、バルサとはそういうクラブなんじゃないでしょうか。
と、なんだかヴェルタースオリジナルのCMみたいな入りになりましたが、バルサがいかにしてサッカーファンにとって特別な存在になったのか、という謎をサイモン・クーパーがその筆力で余すところなく書いたのが、この『バルサ・コンプレックス』となります。その分量は500ページ超。さすがに長えよ、ドストエフスキーかよと思いましたが、あっさりと読み終わってしまいました。
では、なぜバルサが特別なのか。その理由の1つは、バルサのスタイルにあります。華麗なパスサッカーを一貫して志向し、そのサッカーを遂行するために下部組織「マシア」が存在し、次々と一流の選手をトップに輩出する。そんな誰しもが憧れるようなスタイルを非常に長期間にわたって保ち続けているという、金や数年の努力では絶対に追いつけない歴史が裏打ちするスタイルこそが、バルサというクラブを特別たらしめているのです。
確かに、強いだけでいったら他にもいろんな偉大なクラブがあると思います。CLの優勝回数では、レアル・マドリーやミラン、リバプールやバイエルンだって負けていません。ユベントスやマンチェスター・ユナイテッドだって一時代を築いた名門と言えるでしょう。
ただ、それぞれ有名ではあるものの、バルサほど一貫したスタイルを保ち続けているクラブはありません。監督ガチャを回し続け、選手レボリューションを繰り返す他クラブのファンからしたら、バルサは実に羨ましいんですよね。何フユナイテッド千葉の話なんでしょうね。
もちろん、バルサという言葉が肯定的な意味で捉えられるかというと、必ずしもそうではないですよね。けっ、なーにがパスサッカーだ、こちとら昭和からロングボール1本でやらしてもらってんでい!と対抗意識を持つ江戸っ子もいるかもしれませんが、そもそも反発というのは巨大な愛の裏返しでもあり、バルサという存在がなければ生まれてない感情なんですよ。その劣等感のような感情はまさに「バルサ・コンプレックス」と言えますよね。
クライフからメッシへ。バルサを象徴する系譜
『バルサ・コンプレックス』では、クライフから始まるそのスタイルの構築について事細かに書かれています。サッカー界に3つ革命があるとしたら、リヌス・ミケルス&ヨハン・クライフ、アリーゴ・サッキ、ペップ・グアルディオラを挙げるのが定説となっています。そのうちの2つがバルサで起こっているんですよね。それを可能にしたのはクライフやグアルディオラの能力あってこそなのですが、前提としてバルサにそれを受け入れる土壌があったというのは見逃せません。
まず、クライフは選手としてよりも監督としての方が後々に残したものは大きかったでしょう。「何もなかった」と言い放った監督就任時のクライフは、バルサの練習を根本的に変え、下部組織からテクニカルで後々に繋がるスタイルの礎を築きました。今では常識の「ロンド」がその代表例ですね。それが後にシャビ・エルナンデスやアンドレス・イニエスタ、セルヒオ・ブスケッツ、そしてリオネル・メッシを生むことになるのです。「体のサイズからボールの支配へと」という根本的なその変化については、本書で詳細にレポートされています。
グアルディオラの監督キャリアのスタートも、劇的でした。いくらクラブレジェンドとはいえ、ユースの監督をやってたトップ未経験の人間をいきなりビッグクラブの監督にするなんて、誰にできるでしょうか。しかし、クライフの鶴の一声もあって、あたかも運命に導かれるようにグアルディオラは監督に就任し、そしていきなり国内リーグ、カップ戦、CLの3冠を成し遂げるのです。ちょっと出来過ぎた話で、仕込みの匂いがしますよね。何をどう仕込めばそうなるのか教えてほしいものですが。
そうして迎えた黄金期で中心選手となったのが、下部組織マシアの生んだ紛れもない最高傑作ことメッシです。21年にバルセロナを離れることになりましたが、それまでにバルサで成し遂げた栄冠はいちいち説明する必要もないでしょう。本書ではかなりの量を割いて、その選手としての素晴らしさについて語られています。
この3人が断続的に現れるなんて、バルサはなんと素晴らしいクラブなんでしょうか。さすが「クラブ以上の存在」!!ビバ・バルサ!他の並み居る強豪を押しのけて、世界最高のクラブに間違いなし!!バルサが歩けば鳥が歌い、その足跡からは花が咲き、クジラは虹色の涙を流しながら自殺していくのです!!
って、思うじゃ~~~ん? 実は、違うんですよ。この『バルサ・コンプレックス』はいい面ばかりが描かれているわけではないのです。当然です、著者はあのサイモン・クーパーなんです。そんな光り輝くバルサの側面だけを書くわけがないじゃないですか。タイトルにある「コンプレックス」が劣等感のような意味のほか「複雑な」という意味があるとおり、その闇の部分にもしっかりと焦点を当てているのです。
厄介OB、栄養軽視、人事介入にみる既視感
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Profile
tkq
世界ロングボール学会(WLBS)日本支部正会員。Jリーグの始まりとともに自我が芽生え、カントナキックとファウラーの薬物吸引パフォーマンスに魅了されて海外サッカーも見るように。たぶん前世でものすごく悪いことをしたので(魔女を10人くらい教会に引き渡したとか)、応援しているチームがJ2に約10年間幽閉されています。一晩パブで飲み明かした酔っ払いが明け方にレシートの裏に書いた詩のような文章を生み出そうと日々努力中です。【note】https://note.mu/tkq