育成レベルでも解任は日常茶飯事。だが今回ばかりは…突然の通告、その原因はドイツにもある“クラブ内政治”
中野吉之伴の「育成・新スタンダード」第16回
ドイツで15年以上にわたり指導者として現場に立ち続け、帰国時には日本各地で講演会やクリニックを精力的に開催しその知見を還元。ドイツと日本、それぞれの育成現場に精通する中野吉之伴さんが、育成に関する様々なテーマについて提言する。
第16回は、突如言い渡されたという「解任」の二文字。いったいなぜ? その背景にあったのは、サッカー強豪国にして育成大国でもあるドイツの、地域で名のある育成クラブでさえもこんなことが起こるのかというような“大人の事情”だった。その一部始終をありのまま伝える。
以前どこかで書いたかもしれないが、欧州では「指導者は3度解任されて初めて一人前」とよく言われる。指導者として向き合うのはピッチ上のことだけではない。時に親と揉め、選手と揉め、クラブと揉め、その中で折り合いをつけつつ、だからといって自分の信念を曲げずに信頼関係を築き上げていくことが求められるわけだ。ゆえに、プロクラブだろうとアマチュアクラブだろうと、成人チームだろうと育成チームだろうと、欧州の指導現場において解任はごく普通にある話である。
ドイツで育成指導者として20年近く活動してきている中で、僕はどんな時もそうした人間関係を大事にしてきているけど、こちらからのアプローチだけですべてがうまくいったりはしない。上級ライセンスを取得していても、国際コーチ会議や指導者講習会でどれだけ理論を学んでも、ブンデスリーガ育成アカデミーの指導者とディスカッションを交わしても、心理学や教育学、他のジャンルで活躍する人たちとコーチングについて意見交換をしても、こちらにはどうしようもないことだって普通にある。それも、思いもよらないタイミングで襲ってくることだってあるのだ。
そんなわけで、今回はドイツの育成クラブで起こった少しダークな話をお届けする。
「これは決定事項」
フライブルガーFCのU-12監督だった僕に、クラブの育成代表3人が「話がしたい」と連絡してきたのが昨年12月の半ば。コロナ禍の影響でリーグ前半戦が予定より少し早く終わり、クリスマス会をどうにか開催できないかなと考えていた時期であり、休み明けは3月からのリーグ再開に向けてどんなふうに準備期間をスケジューリングしようかなと考えていた時期だった。
クラブハウスで僕と向き合った育成部長は挨拶もそこそこに、「年明けから指導者の布陣を一新したいと思っている。キチとアシスタントコーチにはU-12から離れてもらい、若い指導者を置きたい」と告げたのだ。
冷静を装いながら、それでも暴れ出そうとする心を必死に抑えながら、僕は話の続きを促した。
向こうの主張をまとめるとこんな感じだ。
「保護者から不満がきている」「U-13と比べてクラブからのサポートが薄い」「クラブとしてそういうゴタゴタは好ましくない」。だから監督とコーチを代えたい。
いやいや、それが理由だとしたら早計過ぎないか?
保護者からの不満はどんなチームでもある。そして「試合の連絡が少し遅かった」「試合延期で時間がかかった」くらいな話を不満として受け止めていたら、何にもできない。「サポートが薄い」と言うけど今シーズン、僕はそもそもアシスタントコーチがいない状況でのスタートを強いられ、1人ですべてを切り盛りしていた。しばらくしてやっと若いコーチを見つけたけど、指導者歴2年目で即戦力にはならない。それでも、彼に育ってもらわないと僕だってチームだってクラブだって困るから、関われる場所を作りながらやっていた。
すると10月頃、そのコーチが学業や仕事の都合でいつまで続けられるかわからないからという理由で新しいコーチが来た。3部リーグでの選手歴があるコーチで、前任者とはまったく違うタイプ。そうなると、また関わり方を調整していかないといけない。そうした作業を地道にやり続けて、ようやくベースが築き上がってきた時期ではないのか。
そもそも、アシスタントコーチ不在を問題視するなら僕を解任する必要はない。でも、育成代表は何かしら理由をつけて「ダメなものはダメなんだ」の一点張り。他に「キチのやり方は甘い」とか「トレーニングにおけるインテンシティが足りない」とかも言ってきたけど、いったい何を基準にしているのか? 目の前にいる子供たちの状況を知ったうえで話しているのか?
コロナ禍に加え、チームは昨シーズンだけで監督交代を2度も経験している。そこに外部から7選手が加わるというまったく新しい状況の中、子どもたち同士の関係性からトレーニングに取り組むということ、自主的に考えるということ、自分で自分の感情と向き合うということまですべてが大切なのだから、サッカーのトレーニングをフローチャートのように順番にやることが正しいはずがない。
「もっとプロフェッショナルさを」みたいなことも言われたけど、いや、そもそも「うちのクラブはアマチュアクラブ。サッカーはホビー。指導者も楽しめることが何より大事」という話をしていたのはあなただぞ。
はっきり言って育成代表の言ってることがわからないし、一貫性がない。
これが話し合いという場であったら、要点を整理し問題点を明確にして、改善点を共有してとすればいい。でも、今回はそうではなかった。最初から結論ありきの場。
ドイツにそれなりに長くいる身だからこそわかるのだ。「これは決定事項」という言葉が持つ意味を。わかりやすく言えば、「これ以上は話しても無駄」。納得するかどうかではなく、もうこの事実をどう解釈して、どう受け止めて、というところで僕が何とかするしかなかった。
それでも、まだこの時は「たぶんクラブにはよんどころない事情があったんだ。コロナ禍で育成代表も疲弊していたんだ」とかばう気持ちは少なからずあった。だが、実は裏でいろんな思惑が絡んでいることをのちに知り、さらに暗澹(あんたん)たる思いになることとなってしまう。
違和感の正体
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Profile
中野 吉之伴
1977年生まれ。滞独19年。09年7月にドイツサッカー連盟公認A級ライセンスを取得(UEFA-Aレベル)後、SCフライブルクU-15チームで研修を受ける。現在は元ブンデスリーガクラブのフライブルガーFCでU-13監督を務める。15年より帰国時に全国各地でサッカー講習会を開催し、グラスルーツに寄り添った活動を行っている。 17年10月よりWEBマガジン「中野吉之伴 子どもと育つ」(https://www.targma.jp/kichi-maga/)の配信をスタート。