「彼だけは、どんなことがあっても手放さない」ペップのアカデミー産非売品フィル・フォデン
重版記念『ペップ・シティ』本文特別公開#5
2020-21シーズン、CLでクラブ史上初となる決勝進出を決め、さらにはプレミアリーグのタイトル奪還も果たしたペップ・グアルディオラ率いるマンチェスター・シティ。書籍『ペップ・シティ スーパーチームの設計図』 の重版決定記念として、 本書の中から一部エピソードを特別に公開する。2人の敏腕ジャーナリストがグアルディオラへの密着取材で迫った、名将の知られざる一面や仕事術に触れてほしい。
2016年11月11日、金曜日。マンチェスター・シティのU-18チームは、ウルブズを6-1で大破した。アカデミーは、この話題で持ち切り。果たして、クラブ史上で最強世代と呼べるグループが輩出されることになるのか? この日のパフォーマンスには、輩出を予感させる理由が幾つか見られた。例えば、スコアシートにも名を連ねた、フィル・フォデン。16歳の先発レギュラーは、U-18レベルでも全く見劣りなどしない。ワトフォードから移籍して間もないジェイドン・サンチョは、後半にベンチを出た20分間で、チームに6点目をもたらした。ストライカーのジョー・ハーディーは、ハットトリックを決めている。ミッドフィールダーのウィル・パッチングは、故障上がりで出場時間が限られた。それでも、U-16、U-17、U-18レベルで、イングランド代表ユース入りも果たしてきた18歳は、目の覚めるようなミドルシュートを叩き込んでみせた。
だが、4カ月後の2017年3月には、ハーディーがブレントフォード(2部)のBチームへと去った。翌年の夏には、パッチングがシティをお払い箱になり、新たに契約を結んだノッツ・カウンティーで、フットボールリーグ(2~4部)からセミプロへの降格を味わっている。その一方では、両者にとって、かつてのU-18チームメイトだったシティの2名が、イングランド新世代のスター候補生として注目を浴びることになった。サッカーの世界とは、時として残酷なもの。レベルが上がれば、競争は更に激しさを増す。
フォデンより1つ年上のブラヒム・ディアスも、ペップ・グアルディオラが監督に就任した時点で、1軍での未来を渇望されていたユース出身選手の1人だった。新監督の目には、クラブが2012年から力を入れてきた育成への取り組みが、実を結み始めていたことは明白だった。これもまた、シティでの仕事に興奮を覚えずにはいられない理由の1つだ。2016年の時点では、特に傑出したタレントと目された若手が3名。フォデン、サンチョ、そしてディアスだった。
指揮官が語る。
「この世代のプレーを初めて目撃した時、彼らはまだ16歳だった。チキ(・ベギリスタイン)から、アカデミーで楽しみな若手が育っていると聞かされていてね。彼らのプレーを自分に見せたがってもいた。そこで、その年のプレシーズン中に、トップチームの練習に参加させた。フィル、サンチョ、ブラヒムの才能に目を奪われたよ」
アカデミー卒業生3名を交えた最初のセッションを終えると、グアルディオラの意識は、ある1点に集中されていた。もちろん、ディアスとサンチョの潜在能力も見て取ることができた。だが、フォデンには一目で惚れたのだ。周囲のスタッフに、「ピッチ中央でのあの子のプレー、見ただろう?」と尋ねる新監督は、興奮を抑えられない様子だった。
結果的には、就任1年目にグアルディオラの目を引いた若手3名のうち、シティに残り続けている選手はフォデンのみとなった。この背景の一部には、ビッグクラブに見られる補強戦略の変化がある。1軍での出場経験を持たない選手でも、将来性の高いティーンエイジャーであれば、10億円単位の獲得費用を惜しまないようになっているのが現状だ。そうした若手には、育成元のクラブから1軍待遇の契約もオファーされ、合意を勧められる場合も多い。だが、中には、1軍に上がったところで、代表クラスに進路を塞がれるクラブに残るよりも、他クラブへの移籍が1軍定着への近道だと考える選手もいる。
2017年の夏、シティとサンチョの間では、契約更新の交渉が進んでいた。グアルディオラも、フットボール・ディレクターのベギリスタインも、才能豊かなウィンガーの残留を強く望み、クラブは週給換算で3万ポンド(約420万円)の給与を約束する新契約を提示していた。アカデミー選手としてはクラブ史上最高となる待遇は、当人が既に1年間ほど1軍と一緒に練習している事実を加味したものだった。サンチョと彼の代理人にも異論はない様子で、交渉は口頭での合意を見た。サンチョは残留となり、プレシーズンでのアメリカ遠征に参加するはずだった。……