シミュレーションなしの珍事とマリーシアの“出自”を巡る論争
今季のプレミアリーグでは異変が起きている。マンチェスター勢の不振? アストンビラの躍進? そんなことよりも、もっと重大な異変がある。なんと、今季は一度もシミュレーションがないのだ!
148試合で一度もなし
今季プレミアリーグでは、ダイブによるイエローカードが1枚も出ていないのである。英紙『The Times』によると、プレミアリーグでは過去10年間でシミュレーションによる警告が1シーズン平均25枚もあるそうだが、今季は58試合を消化して0枚。それどころか、今年3月8日のマンチェスター・ダービーでのフレッジを最後に、一度もシミュレーションがないという。
つまり、コロナ禍の影響でスタンドからファンの姿が消えて以降、プレミアリーグでは148試合で一度もシミュレーションによる警告がない、ということになる。これは単なる偶然なのだろうか? そんなはずがない。『The Times』紙は「空席のスタンドがダイブを根絶したのか?」と疑問を投げかけたが、その可能性は十分にあるだろう。
競技規則によれば、シミュレーションとは「実際は起こっていない出来事が起こったように、間違ったり誤ったりする印象を与える行動」で、いわゆる審判を欺く行為である。それこそ主審が“選手の思惑”を推測するため、非常に主観的な判断が求められる。そうなると“会場のムード”は間違いなく影響を及ぼすはずだ。
審判は否定すると思うが、いくら訓練を積んでいても、何万人もの観客に囲まれたら誰だって影響を受けるだろう。喧噪な都会の交差点と静かな図書館では同じ絵本を読んでも印象が変わるように、満員のスタジアムと無観客のスタジアムでは同じプレーを見ても印象が変わるはずだ。
マルシャルvsラメラが波紋
VARの影響もあるだろう。そもそもVARの導入により、審判を騙すこと自体が難しくなっているのだ。そのため騙す行為がなくなった……と言いたいところだが、そういうわけではない。減ったかもしれないが、消えてはいないのだ。しかし、今までならシミュレーションを取られるようなダイブでも、VARが何かしらの接触を見つけてきてファウルにしてくれるのだ。
だからシミュレーションは根絶されていないが、ダイブによるイエローがなくなった。そんな中で、10月4日のマンチェスター・ユナイテッドvsトッテナムでは同じように“欺く行為”が話題になった。ユナイテッドのFWアントニー・マルシャルがトッテナムのMFエリック・ラメラの顔を叩いたとして退場になったのだ。
マルシャルの行為は許されないが、ラメラが大袈裟に倒れたのも事実だ。そのため『Sky Sports』に出演した元リバプールのグレアム・スーネスが激怒した。
「マルシャルが退場ならラメラも退場だ。口元を軽く触られたくらいで倒れるなんて、馬鹿げている。まさに“ラテン”だね。我われ英国人ならこんなことはしない」
すると今度は、ラメラの大袈裟な倒れ方以上にスーネスの“ラテン発言”が問題になった。日本でも監督経験があり、トッテナムなどで活躍した元アルゼンチン代表のオズワルド・アルディレスが「スーネスの“ラテン発言”は許せない。固定観念でラテンと決めつけるのは非常にアンフェアだ」とツイッターで反論し、「ならばこのタックルは“英国流”なのか? 違うはずだ」とスーネスの危険なタックルの動画をアップした。
英国人のほうがダーティー?
結局、『Sky Sports』はスーネスのコメントについて謝罪することになった。日本でも狡猾なプレーは南米の「マリーシア」と呼ばれることがあるが、南米特有のプレーと決めつけるのは違うのかもしれない。
英紙『i』のサム・カニンガム記者も「外国人選手がイングランドに持ち込んだと言われることが多いが、実際にどこで汚い技が生まれたかは分からない」と指摘する。
そしてデータを持ち出して、「南米の問題ではない」と主張した。2006年以降、プレミアリーグでシミュレーションによるイエローカードを多く貰っている上位10名のうち、中南米系は1名しかいない。それがユナイテッドなどでプレーしたハビエル・エルナンデスである。
さらに欧州のラテン系を含めても、わずか3名(エルナンデス、セスク・ファブレガス、クリスティアーノ・ロナウド)だけだという。
一方で、英国人が6名もランクインしたそうだ。さらに現役のプレミアリーガーではデレ・アリ、ジェイムズ・マディソン、ジャック・グリーリッシュなど、イングランド代表選手がシミュレーションの常習犯だと指摘する。
どうやら“マリーシア”は南米だけの問題ではないようだ。そしてシミュレーションも、表面的に消えることはあっても根絶することはないのだろう。
Photo: Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。