2019-20シーズン、欧州5大リーグのクラブで最も多くのPKを獲得したのはマンチェスター・ユナイテッドだった。プレミアリーグでの14本に加え、UEFAヨーロッパリーグでも5本を獲得するなど、カップ戦を含めて計22本のPKを獲得したのだ。
ちなみにプレミアリーグでの14本というのは、1シーズンにおける同大会の新記録。1本しか獲得できなかったチームが3つ(ニューカッスル、エバートン、シェフィールド・ユナイテッド)もあったのだから、ユナイテッドの数字は少し異様に感じる。
そのため英紙『Daily Mail』は、VARの恩恵を受けた彼らについて「VARchester United」と見出しを打ったこともある。彼らはどのようにして“PKスペシャリスト”となったのか、英紙『The Times』で元アイルランド代表のトニー・カスカリーノが分析しているので紹介したい。
PKが多い4つの要因
同氏によると、要因は大きく分けて4つあるそうだ。まずは「快速ストライカー」を理由に挙げる。これまでPKを獲得する選手は、チェルシー時代のエデン・アザールやクリスタルパレスのウィルフレッド・ザハなど、各チームに1人くらいしかいなかった。
しかしユナイテッドにはマーカス・ラッシュフォード、アントニー・マルシャル、メイソン・グリーンウッドといった快速FWがそろっており、そういった選手が1対1を仕掛けてファウルを誘ったのだ。
2つ目は「倒れるタイミングを知っている」からだ。ユナイテッドの攻撃陣は1対1の仕掛けもうまいが、倒れるのもうまいという。
チーム内のPK獲得数はラッシュフォードが最多5本、続いてマルシャルの3本。さらにブルーノ・フェルナンデス、ポール・ポグバ、ダニエル・ジェイムズ、そしてサイドバックのブランドン・ウィリアムズまでが、2本ずつPKを獲得している。
3つ目の要因は「長所を生かすから」だという。今年1月に加入したブルーノ・フェルナンデスは、2月下旬からPKキッカーに定着すると、EL準決勝のセビージャ戦を含めて全8本を決めている。彼がいるからこそPKを狙う意識が高まっている、とカスカリーノ氏は分析する。もちろんVARの導入もPKの増加につながったと見ている。
ちなみに、ブルーノ・フェルナンデスが最後にPKを失敗したのはスポルティング時代の2018年10月のこと。以降、19本連続でPKを決めている。そのこともあり、セビージャ戦でPKを決めた後には同選手のWikipediaの紹介文が「1994年9月8日生まれ、プロのPKキッカー」に書き換えられた。
4つ目には「PKを獲得するのが簡単になったこと」を挙げている。今の時代はDFが足を出せばファウルを取られる可能性が非常に高いため、守ることがほぼ不可能になったとカスカリーノ氏は指摘する。20年前と比較すると、1シーズンのPK数は20%ほど増えているのだという。
リバプールのPKが少ない理由
興味深い記事だったので、少し深掘りすることにした。PK獲得数と関係性の高いデータである「敵陣ボックス内でのタッチ数」を確認したのだ。昨季のプレミアリーグで、ボックス内の最多タッチ数を記録したのはマンチェスター・シティだった。そして彼らのPK獲得数は、ユナイテッドの14回に次いで2番目に多かった(11回)。
ユナイテッドはタッチ数が5位ながら、PK獲得では最多記録を打ち立てており、やはり彼らは「倒れる」のがうまかったのだろう。いずれにせよ、タッチ数の上位勢はPK獲得数でも上位にランクインしていたのだ。1つの例外を除けば……。
その例外というのが昨季の王者リバプールである。同チームはボックス内のタッチ数が2位にもかかわらず、PK獲得数はユナイテッドのおよそ三分の一の5本に留まった。選手別の敵陣ボックス内でのタッチ数を見ても、上位5名のうち3名がリバプールの選手(1位サラー、3位フィルミーノ、5位マネ)という結果だった。
それでもPK獲得数は5本に留まったのだ。特にサラーは昨年8月、VARの導入により個人的に「PK獲得数が増える」と豪語していた。しかし同選手がファウルを受けて獲得したPKは、18-19シーズンの5本に対して昨季はわずか1本だった。
考えられる最大の理由は敵チームの対応にある。当たり前だが、サラーやマネを相手に飛び込むDFなどもういない。ゆえに彼らのPK獲得数が減ったと考えられる。
その一方で、相手が警戒してくれるため、危険なエリアでも少しスペースが与えられるようになったと考えられる。現に、前線3名ともアシスト数が増加している。マネに至ってはアシスト数が18-19シーズンの1本から7本へと劇的に増えている。
昨シーズンのPK獲得数データを考察すると、“PKスペシャリスト”となったユナイテッドの興味深い特徴とともに、敵選手を近寄らせない王者リバプールの貫禄も見えてきた。
Photo: Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。