リーグ・アンの各クラブは、6月8日に先陣を切ったリヨンを皮切りに、パリ・サンジェルマンが22日に始動、最後のチームとなったアンジェも7月1日からトレーニングを再開させる。
そしてマルセイユの面々も6月26日、トレーニング場、通称「ラ・コマンドリー」に集合した。
15人の補強候補をリストアップ
来るシーズンはUEFAチャンピオンズリーグ出場も控えている。
オーナーのフランク・マッコート氏とジャック・アンリ・エイロー会長、そしてアンドレ・ビラス・ボアス監督は、活動が中断している間もビデオ会議を重ね、来季の戦力補強について話し合いを行っていた。
ファイナンシャル・フェアプレー違反により、300万ユーロの罰金と欧州カップ戦からの収入を2年間15%カットという制裁を受けているため、補強にかけられる予算は多くない。
若手&レンタルが中心となりそうなのだが、『レキップ紙』によれば、ビラス・ボアスが「ここだけは絶対に補強したい」と主張しているポジションはCB、左SB、セントラルMF、そしてサイドでもプレーできるアタッカーだという。
DFラインの人員不足はここ数年来の課題で、展開力のある中盤の選手も欲しいところ。そしてCLに参戦するとなれば、アタッカーの補強は必須だ。
昨年は全コンペティション合わせてディミトリ・パイエの12点がチーム最多。次点は新入りのアルゼンチン人FWダリオ・ベネデットの11点だった。
ビラス・ボアス監督は、リクルート担当者からの報告をもとに、獲得を希望する選手を15人リストアップしているという。さすがに15人すべての情報は漏れていないようだが、注目株と言えそうなのがバイエルンに所属する20歳のMFミカエル・キュイザンスと、リーグ2のル・アーブルにいた21歳のセネガル系フランス人、守備的MFのパプ・グェイエだ。
グェイエは注目の補強候補の1人
キュイザンスはストラスブールの出身で、ナンシーの育成所を卒業後、フランスのクラブではなくブンデスリーガのボルシアMGとプロ契約。2019年8月にバイエルンに引き抜かれた。初年度は出場機会も乏しかったが、契約は2024年6月までだから、クラブも時間をかけて育てるつもりなのだろう。
そう考えるとバイエルンは放出しない気もするが、出場時間が見込めるなら、実戦経験を積ませるべく期限付きでマルセイユに貸し出す可能性はある。
グェイエは、6月30日でル・アーブルとの契約が切れてフリーとなる。1月にプレミアリーグのワトフォードへの移籍話が持ち上がり、一時は正式に契約締結と発表されたが、交渉の過程で問題があったとして選手側は白紙撤回を主張している。
彼のプレーはそれほど見ていないのだが、1m87cmの長身やピッチ全体を見渡す視野の良さ、サイドチェンジのロングパスを正確に出せるテクニック、そして長い足のリーチを駆使したボール奪取が印象的な選手だ。また、インタビューの様子を見ても、21歳とは思えないほど落ちついている。
普段からピッチ上で積極的に声を出しては仲間に指示を与える姿勢を見たポール・ル・グエン監督は、主力の中でダントツに若い彼にキャプテンを任せていた。
ル・アーブルは、フランスでは育成に定評があるクラブとして有名だ。近年では、ポール・ポグバがここからマンチェスター・ユナイテッドに見染められ、リヤド・マフレズもこのクラブで育成された後にプロデビューしている。
今のマルセイユは、35歳のスティーブ・マンダンダや33歳のパイエらベテランと、アカデミー出身のCBブバカ・カマラら若手がうまく融合していて、環境面でも成長株のグェイエに合いそうだ。はまれば大きく化けそうな予感も抱かせてくれる選手。来季、注目の若手になるかもしれない。
酒井のCLでの活躍に期待
チーム得点王のパイエも、減給をのんで2024年までの契約延長に合意した。
昨季もワンプレーで状況を立て直すいぶし銀のプレーが光った。充実の状態でキャリアのクライマックスを迎えている彼の存在は、CLのような大舞台を踏む上でも心強い。
ちなみに、クラブ買収の話題も噴出しているが、エイロー会長は「興味を示してくれるのはありがたいが、クラブは売りに出していない」ときっぱり否定した。
それでも「絶対」はないのがこの世界だが……。
酒井宏樹については、よほど抗えないオファーがあった場合を除いては、クラブ側も選手側も移籍をプライオリティとはしていない。
ビラス・ボアスが右SBの補強を優先事項に挙げていないことを見ても、ともに2022年まで契約の残るブナ・サールとのコンビで戦えると思っているのだろう。もとはウインガーのサールと酒井はタイプが違うこともあって、戦力としては良い組み合わせだ。
酒井にはぜひとも来シーズン、マルセイユの仲間たちとともにCLの舞台に立って欲しい。
Photo: Getty Images
Profile
小川 由紀子
ブリティッシュロックに浸りたくて92年に渡英。96年より取材活動を始める。その年のEUROでイングランドが敗退したウェンブリーでの瞬間はいまだに胸が痛い思い出。その後パリに引っ越し、F1、自転車、バスケなどにも幅を広げつつ、フェロー諸島やブルネイ、マルタといった小国を中心に43カ国でサッカーを見て歩く。地味な話題に興味をそそられがちで、超遅咲きのジャズピアニストを志しているが、万年ビギナー。