30年ぶりのリーグ制覇まであと一歩のリバプール。同クラブでユルゲン・クロップ監督の次に功績を称えられる者がいるとすれば、それは裏方スタッフだろう。
的確な補強で指揮官をサポート
特にスポーツダイレクターとチーフ分析官は“クラブの屋台骨”と呼んでも過言ではない。先日も地元紙『Liverpool Echo』で特集されていた。「マイケル・エドワーズの極秘の世界」という何とも意味深な記事だったので目を通すと、やはりスポーツダイレクターのマイケル・エドワーズとリサーチ部長のイアン・グレアムが取り上げられていた。
エドワーズは2011年からリバプールの分析官として働き、2016年にスポーツダイレクターに就任すると、的確な補強を行う“縁の下の力持ち”としてクロップ監督の成功を支えてきた。
昨季のチャンピオンズリーグ決勝に先発出場した11名のうち、実に8名がクロップ政権下で獲得した選手である。モハメド・サラーやフィルジル・ファン・ダイクなど、名だたる選手を集めてきたわけだが、それだけではない。2018年1月にはフィリペ・コウチーニョをクラブ記録の移籍金で売却するなど、高く売ることも忘れていない。
英紙『The Sun』によると、過去5年間の移籍の収支で最も赤字なのはマンチェスター・シティで、リバプールはプレミアリーグで14番目だという。収支で見ればワトフォードやニューカッスルよりもお金を使っていないことになる。
そんなエドワーズは、ほとんど表舞台に出てこないそうだ。インタビューも受けず、スポットライトにも興味がない。監督室の向かいにある練習場の自身のオフィスで、毎日黙々と仕事をするだけだという。
そもそも彼は、ピーターボロ(3部)のユース選手だった。しかしトップチームでプレーすることなく放出され、その後は学業を優先するようになり、シェフィールド大学で情報処理を学んだ。そして高校でITの指導員として働いたあと、ポーツマスで分析官を担当し、その能力が認められてトッテナムに引き抜かれ、最終的にリバプールにやってきた。
科学者の道を捨て、サッカー分析官へ
一方、リサーチ責任者のイアン・グレアムは、日々の分析でチームを支えており、ナビ・ケイタやアンディ・ロバートソンの補強を後押ししたことで知られる。
彼はすべてのデータに意味を持たせることができるという。過去には「Goal Probability Added(GPA)」という独自のデータ解析法を利用していることを明かしたことがある。
この「GPA(ゴール確率付加)」とは、シュートだけでなくパスやタックルなど、1つの動作がどれだけゴールの確率に影響を与えたかという数値で、全選手のゴール貢献度を数値化したものだ。野球界では「WPA(Win Probability Added)」という勝利貢献度のメトリクスがあるが、それと似たようなものだろう。グレアムはこういったデータ分析で補強や選手起用の決断を後押しするという。
そのグレアムは先日、クラブHPで自身の変わった経歴について語っていた。学生時代のグレアムは、名門ケンブリッジ大学の大学院で理論物理学を研究していたという。
「自分は科学者になるものだと思っていた。博士課程を修了した後、さらに大学に残って高分子物理学の研究をしていた。でも、1年ほど経ち、何か違うと感じるようになった」
そして、ひょんなことからサッカー界に転身することになる。
「ケンブリッジの試験官として働いていた彼女からメールが届いた。それは『大学の統計学者がサッカーデータの分析官を募集している』というものだった」
そうやって偶然知った仕事に応募して、分析官としてキャリアを積み上げることになったという。
片やプロ選手の道を諦めたダイレクター、片や偶然にもサッカー界に従事した分析官。そんな2人が今、イングランド・フットボール界の頂点に立とうとしているのだ。
Photo: Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。