先日、プレミアリーグの公式YouTubeチャンネルで歴代のロングシュート特集が組まれていたので、懐かしくなり見入ってしまった。
MFシャビ・アロンソやMFチャーリー・アダムの超ロングシュートに始まり、元ホンジュラス代表マイノル・フィゲロアによる直接FK、そして何と言っても1996年のプレミアリーグ開幕節で生まれたデイビッド・ベッカムのハーフウェイラインからのゴールである。当時、TVで何度も繰り返し流されていたので、プレミアリーグを象徴するゴールとして記憶している。
しかし、そんな爽快なゴール集の中で、浮かない顔の得点者が何名か登場する。それは図らずもゴールを奪ったGKたちである。彼らを見ていると、ある言葉が脳裏をよぎる。「GKのユニオン」だ。
相手を尊重し、喜ばないGKの得点者
2012年1月、エバートンのGKティム・ハワードは、当時のプレミア記録となる90m近いロングシュートを決めた。自陣ボックス内からクリアしたボールは強風に運ばれて敵陣ゴール前まで飛ぶと、ボルトンのGKアダム・ボグダーンの前で大きく弾み、頭上を越えてゴールに吸い込まれた。
しかしハワードは、GKとしてプレミアリーグ史上4人目となるゴールを決めたにもかかわらず、その顔に笑みがなかった。ゴールを喜ぶチームメイトに抱きつかれると、むしろ申し訳なさそうな表情さえ浮かべた。
実はハワードは、マンチェスター・U時代の2005年にリザーブチームの試合で相手GKのパントキックから同じように失点したことがある。しかし、自身のゴールを喜ばなかったのはそれが理由ではない。
試合後、ハワードは「GKのユニオン(組合)の立場からすると残念に思ったんだ」と説明した。「ああいう光景は見たくない。ボグダーンに同情する」
その時は、ハワードが特別なんだと思った。稀に見る紳士なんだと思った。だが2年後、紳士やスポーツマンシップの問題ではないことに気づかされた。2013年11月、長距離ゴールのプレミア記録を更新したのはやはりGKだった。ストークのGKアスミル・ベゴビッチがクリアしたボールは、やはり風に運ばれ飛んでいき、大きく弾んでサウサンプトンのGKアルトゥール・ボルツの頭上を越えた。
91.9mの「世界最長ゴール」として翌年にはギネスブックにも掲載された。しかも開始13秒での貴重な先制ゴールというおまけ付きだ。それでも、ベゴビッチの表情は暗かった。ハワード同様、仲間から祝福を受けても無表情のままだった。そして試合後に説明した。
「私はただ、前線に蹴ろうとしただけなんだ。相手もプレッシャーをかけてきたので、思い切り蹴ったら風に乗って飛んでいった。濡れたピッチのせいもあり、変なバウンドになった。ボルツを気の毒に思う。彼を尊重したかったので喜ばなかった」
これが「GKのユニオン」である。言っておくが、労働組合や選手協会はあっても、GKだけを対象とした「GKのユニオン」は存在しない。それでもミスが許されないポジションで世界最高峰まで上り詰めた者たちには、お互いをリスペクトする気持ちがある。その仲間意識が「GKのユニオン」なのだ。
「生き別れた兄弟との再会」
そして存在しないとは言ったものの、実は存在する。ただし、それは組合ではない。ワトフォードやブラックバーンなどでゴールマウスを守った元GKのリチャード・リーが数年前に立ち上げた『Goalkeepers’ Union』というポッドキャストだ。
「今でもGKは誤解されている」とリーは英紙『The Guardian』に語っている。ポッドキャストを立ち上げた理由について「GKとしてプレーしたことのない人の意見は、あくまでアマチュアの意見に過ぎない」と説明し、「GKの解説者が少なすぎる」と指摘した。
では「GKのユニオン」という仲間意識はどんな感覚なのか?
同紙の記事で紹介された下部リーグのGKの言葉を借りると、それは「生き別れた兄弟との再会」だという。「相手GKのことを何も知らないのに、友達に思えるんだ。まるで生き別れた兄弟に会う感覚。相手のことは何も知らないのに、絆を感じるんだ」
「GKのユニオン」とは、ピッチ内で手を使うことを許された者にしか分からない絆なのだ。
Photo: Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。