ネイマールと昌子源のケースに見る選手のケガと治療の問題点
キープレーヤーのケガは、クラブにとって一大事だ。チームにとって大事な戦力であるだけでなく、オーナーは高額の移籍金やサラリーなどを「投資」しているから、ピッチで活躍してくれないと非常に神経質になる。そのため、完治していない状態でプレーせざるを得ず、結果として選手生命を縮めるケースも出てくる。
かつてリヨンに所属したアルゼンチン人ストライカーのリサンドロ・ロペスも、筋肉系のケガが完全に癒えず、通常ならプレーできない状態なのに、会長からのプレッシャーもあって試合に強行出場していたと、当時のクラブスタッフから聞いたことがある。
「自分としては受け入れがたい決断」
ケガの回復の見極めについては、痛みを負っている選手本人、クラブのメディカルスタッフ、監督、そして会長らフロント陣が一枚岩であることが不可欠だが、それは理想論と言えるほど難しいことでもある。
つい先日も、こんな一件があった。2月18日に行われたUEFAチャンピオンズリーグ、ラウンド16のドルトムントvsパリ・サンジェルマン戦。PSGが1-2で敗れたこの試合でチーム唯一の得点を挙げたネイマールが試合後、こう発言したのだ。
「4試合もプレーしていない状態ではキツかった。でも自分ではなく、クラブとメディカルスタッフの判断だ。さんざん話し合ったが、自分としては受け入れがたい決断だった。プレーできたし、(CLの前に)試合に出ておきたかった。クラブは怖かったのだろうが、結局ツケは僕に回ってきた」
2月1日のモンペリエ戦で肋骨を痛めたネイマールはその後、リーグ戦3試合とフランスカップ戦を欠場したため、ドルトムント戦は2週間半ぶりの実戦だった。ゴールこそ決めたが、このような密度の濃い重要な一戦の前に体を慣らすことができず、リズムがつかめなかったと、ブラジル人FWは思わず不満を漏らしたのだ。
トーマス・トゥヘル監督は、この決断は彼自身だけのものではなく、ネイマール本人やメディカルスタッフ、フロント陣との話し合いの結果だったと明かし、「後で何とでも言えるが、仮に試合に出してさらに悪化し、ドルトムント戦を欠場することになったら、それはそれで大変なことになっていた」と釈明した。
ファウルを受けやすいネイマール
当事者がネイマールだったことが、事態をさらに複雑にしていた。2017年夏にPSGに加入してから2年連続でCLの決勝トーナメントをケガで欠場していたから、今回は何が何でも同じ轍を踏ませるわけにはいかなかったのだ。
しかも、彼はリーグではファウルを受ける回数がダントツに多い選手だ。モンペリエ戦では、今季のリーグ・アンで最多となる9度のファウルを受けている。出場した試合で激しい接触プレーに遭わない保証はない。
「それでケガをしてドルトムント戦出場の可能性が0%になるくらいなら、コンディションが上がりきらない70~80%の状態でも良いから、とにかくネイマールにはドルトムント戦に出て欲しい、という判断だったのではないか」。そう話していたのは、別のクラブのフィジカルトレーナーだ。
そして、少なくともネイマールは貴重なアウェイゴールを1点決めている。ネイマール自身は思うように体が動かずフラストレーションを募らせたが、その安全策に間違いはなかったとPSGのスタッフも思っているのだろう。
昌子の退団はケガの治療法に起因
最近では昌子源のケースもある。彼もまたメディカルの問題を理由にトゥールーズを退団し、ガンバ大阪に移籍した。
2019年9月に負った足首のケガがなかなか完治せず、11月に実戦復帰を目指して全体練習に参加したが、また腫れと痛みが戻り、療養に逆戻りとなった。
検査の結果、その要因を突き止めることはできたが、ここで問題だったのは、カルチャーの違いとでもいうべきか、トゥールーズのメディカルスタッフが、「このケガならプレーできないことはない。実際、フランスではプレーしながら治していく選手が大勢いる類のケガだ」と判断したことだ。
ケガを負った後に昌子と話す機会がなかったので、本人に聞いたわけではないが、それまでの治療を見る限り、彼は「そうは言ってもここでの治療法では、プレーしながら治すのは難しいのでは?」と感じたのではないかと思う。
大きな「きめ細かさ」の違い
日本とフランスの医療のレベルについては、治療法も違い、いろいろな見解があるので言及しないが、決定的な違いは「きめ細かさ」のように思う。
以前、肩を痛めて整形外科にかかった時、「よけい悪くなるんじゃないか?」というような大雑把な治療に驚いたものだが、どちらが良い、悪い、というのではなく、「慣習」もある。こちらの選手ならそれにも慣れているだろうが、痛む患部を雑に扱われると、ちょっと不信感も抱いてしまう。
現地メディアが昌子のトゥールーズ退団について「メンタル的な理由もあった」と報じていたのを見て、どうも腑に落ちなかった。以前もお伝えしたように、たしかにフランス生活は日本と違う点も多々あるが、何度か試合後に話を聞いた昌子の感じからは想像が付かなかったからだ。しかし、ようやく納得がいった。
メディカルスタッフは「まだ患部は癒えていないがプレーできない状態ではない」と判断し、スタッフや会長にそう報告した。敗戦が続き、監督としても昌子にはできるだけ早く復帰して欲しかった。しかし、昌子は無理をしたくはなかったはず。それを見て、会長やスタッフの何人かは「病は気から」的な印象を受けてしまった。
フランスには「外国籍選手は慣れない国の生活や文化に馴染むのに苦労する」というステレオタイプ的な考えもある。実際には、そんな人ばかりではないのに……。
メディカルスタッフは「ケガ人ゼロ」を会長から課せられ、それを目指して日々取り組んでいる。しかし、早急に戻して再発でもしたら一大事。責任やプレッシャーは重い。監督は、貴重な戦力にはできるだけ早く試合に出て欲しいと願う。会長は、そういう人ばかりではないが、選手にはしっかり働いて欲しいと切望している。そして選手も、できるだけ早く試合に出たい気持ちは当然持っているが、身体が資本だけに無理はしたくない。
四者四様の思いがある中で、その落としどころを見つけるのは難しい。しかし、そこがうまくいっているクラブは、おのずと成績も安定している。選手マネジメントの難しさをあらためて痛感した。
Photo: Getty Images
Profile
小川 由紀子
ブリティッシュロックに浸りたくて92年に渡英。96年より取材活動を始める。その年のEUROでイングランドが敗退したウェンブリーでの瞬間はいまだに胸が痛い思い出。その後パリに引っ越し、F1、自転車、バスケなどにも幅を広げつつ、フェロー諸島やブルネイ、マルタといった小国を中心に43カ国でサッカーを見て歩く。地味な話題に興味をそそられがちで、超遅咲きのジャズピアニストを志しているが、万年ビギナー。