今シーズンのイングランド・フットボール界には“バルセロナ”がいるという。そのチームはペップ・グアルディオラから影響を受けた戦術を採用し、メッシこそいないがルーニーがいるという。にわかに信じがたい話だが、どうやら本当らしい。
スポーツ情報サイト『The Athletic』で紹介されたイングランドのバルセロナとは、5部リーグで首位を走る「バローAFC」のことだ。快適な気候のスペイン南部とは対照的に、バローが拠点を置くイングランド北西部のバロー・イン・ファーネスという街は、少し大げさだが直立した木が一本もないくらい常に海風にさらされ、雨も多く、夏でも気温が20℃に達することはない。2014年の英国政府の調査で「最も幸せを感じない地域」の1つに選ばれたことさえある。そんな街のローカルクラブが、最終ラインからボールをつなぐ魅惑のパスサッカーを披露し、ファンからは“バローセロナ”と呼ばれているそうだ。
指揮官は「ペップの指導法」を学習
119年の歴史を誇るバローだが、過去最高成績は3部リーグで8位。プレミアリーグとは全くの無縁だ。現在所属する5部リーグでも、クラブの予算は下位6チームに入るという。それなのに今シーズンは快進撃が止まらず、首位をひた走っている。
そのチームを率いるのは、ダービーやブラックプールで活躍した元DFのイアン・エヴァット(38歳)である。彼が2018年に就任した際、チームはどん底にあった。前年度はロングボール主体で、何とか降格を免れる20位が精一杯。次々に選手が退団し、新体制発足時には4名しか選手が残っていなかったという。
「5部リーグでまともなサッカーをしていたら昇格できない」と周囲から言われ、新監督は逆に燃えたそうだ。魅力的なスタイルで結果を残そうと誓い、ブラックプール時代の恩師で2010年に同チームをプレミア初昇格に導いたイアン・ホロウェイの「オープンで勇敢な攻撃的サッカー」を目指すことにした。
だが、新体制の初練習ではロンド(ボール回し)さえままならず、「3、4本すらパスが回らなかった」という。そこでエヴァット監督はボール扱いのうまい選手をかき集め、「ペップの指導法」をひたすら学んでポゼッションサッカーの練習を繰り返した。すると6週間後には「25本のパスを繋いでゴールを決められるようになった」のだ。
ファンのために攻撃スタイルを貫く
戦術上の決まりごとも作った。例えば、3トップを採用した際は、ボールの逆サイドにいるウインガーはサイドに開き続けること。チームがボールを失ってもそれは変わらない。そのリスクを負うことで、ボールを奪い返した際は一気にサイドへ展開して速攻に転じられる。
さらに、ハーフタイムには走って控え室に戻る。これは相手に「容赦はしない」という印象を与える効果がある。それからゴールキックの場面では、相手が前線からプレスをかけてきてもショートパスを受けに行く。もちろん、実際にショートパスを繋ぐどうかかはGK次第だ。
エヴァットがこのスタイルにこだわる理由は、すべてファンのためだという。「サッカーはエンターテインメントだ。サポーターは必死に働いて稼いだお金で、週末に試合を見に来る。そのチームがセットプレーやロングボールだけで勝利を目指していたら、私ならばお金を使いたいと思わない」
キャプテンはルーニーの弟
今シーズンのリーグ戦は残り10試合。最近は暴風に見舞われてパスサッカーどころではない試合もあるが、それでも首位を維持しており、この勢いのまま4部リーグに昇格できれば48年ぶりの快挙となる。そんなバローで最近キャプテンを任されているのは、元イングランド代表FWウェイン・ルーニーの弟、ジョン・ルーニー(29歳)だ。守備的MFながらミドルシュートなどを武器にリーグ3位の17ゴールを記録しており、「今の戦術や練習内容は本当に楽しい。昇格しても、4部の大半のチームに勝てると思う」と自信をのぞかせる。
プレースタイルだけでなく、リーグの環境にも驚かされる。イングランドは4部リーグまでがプロリーグで、5部以下はノンリーグと呼ばれており、プロやアマチュアが混在する。だが、最近は5部リーグ(全24クラブ)の大半が完全なるプロクラブだという。
バローもしかりで、リーグ内で下位の予算にもかかわらず、選手の平均月収は3000ポンド(約40万円)だという。そしてホームゲームでは、スポンサーのおかげでホテルに前泊できるそうだ。5部リーグの中には、バロー所属ではないが、年収2000万円以上の選手もいるという。
今シーズンのバローのホームゲームの観客動員数は1試合平均2000人。参考までに2019シーズンのJ3クラブの観客動員と比較した場合、10番目に入る数字だ。5部リーグの24クラブのうち、平均観客動員数が1000を下回っているのは1チームしかないという。“バローセロナ”のスタイルも素晴らしいが、それ以上に、改めてフットボールの母国の底力を垣間見た気がする。
Photo: Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。