1月25日の第21節エスパニョール対アスレティック・ビルバオの試合中、アスレティックのイニャキ・ウィリアムスにモンキーチャントが浴びせられる事件があった。
69分に交代となり歩いてベンチに戻る途中、彼がスタンドに向かって何か叫んでいるのを見たが、チャントへの抗議だとは気が付かなかった。温厚で紳士的な彼が怒るくらいだから、よっぽど酷いヤジが飛んだのだろうということは想像できたが……。
あらゆる差別が存在するスタジアム
スペインのサッカースタジアムには、人種差別や女性差別、性的指向による差別、その他あらゆる差別があって当たり前だと思っている“馬鹿”が、極めて少数だが一定数いる。
イニャキ・ウィリアムスは「あの黒人はアスレティックでプレーすべきではない」「あの黒人はバスク人ではない」といった類のコメントを目にするたびに「そういう人間たちの頭を割って中を見てみたい」と感じるらしいが、こういう行為をなくすには、まさに“馬鹿”どもの頭を分解して中のネジを締め直すしかないのではないか、と絶望的な気持ちになる。
もちろん「教育」というのは最も有効な手段である。幼少期から「人種差別はいけない」と教えれば、“馬鹿”な大人の数は確実に減る。だが、それには年月がかかる。
モンキーチャントは25年ほど前、私がスペインに来た時からあった。私が見た初めての被害者は元レアル・マドリーのイバン・サモラーノで、加害者はUDサラマンカのファンだった。
今は当時とは比べものにならないほどチャントの規模は小さくなり、耳にする回数も格段に減った。差別をする“馬鹿”どもに対して他のファンが抗議のブーイングを浴びせることも当たり前になった。それでも、スタジアムから一掃することはまだできていない。
スタンド閉鎖が現実的な回避策
今回の行為に対して、サッカー連盟の会長、ラ・リーガの会長、果ては首相までが遺憾の意を表明し、さっそく「我われはみんなウィリアムスだ」というツイートが立った。だが、こういう行動で“馬鹿”どもの蛮行が収まる可能性は極めて低い。そんな声明に共感する能力があれば「自分が差別されればどんな気持ちになるか」を想像できているはずで、そもそも“馬鹿”になどなっていないはずだからだ。
やはり一番有効なのは、FIFAの規定通りスタンドの一部あるいはスタジアム全体を閉鎖して物理的に排除することだろう。もちろん制裁が終わればまた戻って来るだろうが、連帯責任を負わされた他のファンから恨みを買い、以降、監視されることにはなるだろう。そういった周囲の監視は大きな抑止力となる。
「制裁を恐れてチャントしない」「周囲に止められるからチャントをしない」というのは「人種差別はいけないからチャントをしない」というのとは違って「教育的」とは言えないが、その分、即効性がある。そうやって口をつぐませておいて、人生の中で人としてやっていいことと悪いことを学んでもらう。
相互監視なんて決して褒められたものではないが、スペインのスタジアムの現実をリアルに見つめれば、スタンド閉鎖の厳罰を躊躇(ちゅうちょ)すべきではないのは明らかだ。
Photo: Getty Images
Profile
木村 浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。