0-2のまま刻々とタイムアップの時間が迫っていた。11月28日のUEFAヨーロッパリーグ、vsパルチザン(セルビア)戦が“AZの夜”になるとは、誰も思っていなかっただろう。
今シーズンの公式戦で17度もクリーンシートを達成している守備が乱れて2失点し、AZの特徴である美しいサーキュレーションフットボール(ボールを循環させるパスサッカー)は整わず、自慢の攻撃陣も不発。ついにはエースストライカーのボアドゥが83分にシミュレーションでこの日2度目のイエローカードをもらい、退場してしまった。負傷のフラールが長期離脱してCB陣の層が薄くなっている中、ハジディアコスが膝を痛めて泣く泣く交代したことも忘れてはなるまい。
終盤の2ゴールでラウンド32進出
87分、最終ラインからコープマイナースが苦し紛れのロングボールを蹴った。スーパーサブ役のドライフがなんとか頭にボールを当てた。それは何の変哲もないヘディングシュートだった。しかし、パルチザンのGKストイコビッチはタイミングを狂わされて反応し切れず、ボールはゴールネットに吸い込まれていった。
突如、AZのユニホームに当たるカクテル光線がオーラとなって選手を輝かせ、アタッキングサードで躍動する攻撃サッカーが復活した。そして後半アディショナルタイム2分、ミチューのクロスからドライフがボレーシュートを決めて2-2に追いついた。目の前に座っていた年配の男性が私に向かってガッツポーズを決め、「俺の息子が入れたんだ!」と叫んだ。
この引き分けでAZのELラウンド32進出が決まった。グループステージ最終節、マンチェスター・ユナイテッドとのアウェイマッチは、オールドトラッフォードでの栄誉ある消化試合となった。
「意識高いハードワーク」が逆転劇を生む
アントワープ戦を見た者にとって、パルチザン戦のAZは決して奇跡ではなかった。8月29日のELプレーオフ、敵地での第2レグ。AZは90分まで0-1とビハインドを背負い、2戦合計1分1敗でグループステージに進めぬ危機にあった。しかし、ステングスの一撃がチームを蘇らせると、延長戦ではAZのフットボールがスイングし、1-4というビッグスコアでアントワープを葬ったのだ。
本来なら老かいにゲームを進めるべきアントワープが2人の退場者を出したことで自滅したとも言えるが、U-21オランダ代表のレギュラーに5人を送り込むAZの若さとインテリジェンスの高さも光るゲームだった。
パルチザン戦に話を戻そう。60分から右ウイングバックとして登場した菅原由勢は、この2-2の引き分けを「偶然が起きるようなステージじゃない。ELはそんなに甘くない」と振り返った。
「僕たちは他から見ればすごく若いチームですけど、その分『意識高くハードワーク』という言葉を大事にして練習に取り組んでいます。選手にとってはいろいろなところでフラストレーションが溜まる試合だったと思いますし、『ふざけんじゃねえぞ。このままじゃ終われねえぞ』という気持ちを持った選手が11人いました。だから、こういうゲームになったと思います」
オランダサッカー界を象徴するAZの選手構成
ドライフは今のAZやオランダサッカーの象徴と言えるかもしれない。AZとパルチザンが対峙したその前夜、アヤックスはリール相手に、昨シーズンU-21チームで大事に育てたCBスフールスを抜擢し、0-2で完封勝ちした。前半アディショナルタイムに負傷退場したラビアドを継いだのは、U-21アヤックスのエース格、ノア・ランだった。ノア・ランもスフールスもU-21オランダ代表のレギュラーだ。
ドライフは今シーズン、AZのトップチームでエールディビジに7試合(出場時間137分)、U-21チームでオランダ2部リーグに7試合(出場時間603分)プレーし、確実に出場時間を積み重ねている。21歳という年齢は、公式戦でプレーすることによって自身のキャリアを作る重要な時期だ。
ドライフはエールディビジでのゴールはないものの、プレーオフを含むELの舞台では3ゴールを決めている。このヨーロッパの舞台における実績は、フットボーラーとして履歴書に記せる立派なものだ。
U-21オランダ代表組のステングスやボアドゥ(この2人はすでにフル代表デビュー済み)、コープマイナース、ワインダル、デ・ウィット(U-21チームまでアヤックスで育成)はすでにU-21チームを卒業し、さらにドライフがU-21チームでの研鑽を重ねながらトップチームでのブレークを待ち、U-17オランダ代表の主力ターブニが飛び級でU-21チームに上がり、レギュラーを張っている。
オランダサッカーのピラミッドには「クラブのU-21チームとトップチーム」「U-21代表とA代表」の相互関係が組み込まれており、復調著しいこの国のサッカーを下支えしている。
Photo: Getty Images
Profile
中田 徹
メキシコW杯のブラジル対フランスを超える試合を見たい、ボンボネーラの興奮を超える現場へ行きたい……。その気持ちが観戦、取材のモチベーション。どんな試合でも楽しそうにサッカーを見るオランダ人の姿に啓発され、中小クラブの取材にも力を注いでいる。