先日、少し残念なニュースを目にした。ニューカッスルのスティーブ・ブルース監督が自叙伝の発売を延期したというのだ。これにはサッカーファンだけでなく、読書家、特にサスペンス好きも肩を落としたことだろう。
ブルース監督は当初、マンチェスター・ユナイテッドでの輝かしい現役時代やその後の監督キャリアを綴った自叙伝を2019年10月に発売する予定だった。『Amazon』でも予約を受け付けていたが、ノースイーストでの監督業が多忙なため、発売を延期するという。
発売延期の理由は公私にわたる多忙な日々
「あまりにも時間がないので、いったん取りやめだ」と、ブルース監督はスポーツ情報サイト『The Athletic』に語った。「(昨年は)自宅と親元を行き来する日々だったので時間がなかった。それに、ニューカッスルだけでも面白い章が1、2つは書けるかもしれないしね」
ブルースはアストンビラを率いていた昨年、両親を立て続けに病気で亡くした。「12週間で父と母を亡くすのは、誰にとっても人生で最も辛い経験だ」と語っていた。だが、サッカー界は同情も容赦もしてくれない。数カ月後にはチームの成績不振に憤慨したビラのサポーターから、当たらなかったとはいえキャベツを投げ付けられ、その直後にはクラブからクビを言い渡された。
それでもブルースはサッカー界から離れることなく、シェフィールド・ウェンズデーの監督を経て、念願かなって今シーズンからニューカッスルを指揮している。イングランド北東部出身の彼は生粋のジョーディー(ニューカッスルファン)なのだ。
自叙伝ではそんなブルースの紆余曲折の監督人生を覗けそうだっただけに、発売延期は残念である。しかし、残念な理由はそれだけではない。
20年前執筆の小説は今や“レア本”に
ご存知の方も多いかもしれないが、ブルースは過去に小説を執筆したことがあるのだ。今から20年前の1999年、『Striker!』というサスペンス小説で、“サッカー”ではなく“作家”デビューしたのだ。架空のクラブを率いる監督が殺人事件や誘拐事件を解決していく物語で、続編の『Sweeper!』、『Defender!』と合わせて3部作となっていた。
「笑いものさ。今なら100円で買えるだろうね」とブルースは著書について語ったことがある。新作の予定についてレポーターに聞かれた時には「読んだかい? 読んでみれば(今後の執筆予定がないことが)分かるはずだ」と自嘲した。
だが、その小説は3年ほど前から“レア本”として評価を高めている。アイルランド人のライターが詳しいレビューをネットにアップしたことによって注目を集めるようになったそうだ。そのライターによると「誘拐、裏切り、サスペンスの連続で読む価値あり」とのこと。テクニカルエリアに立つ主人公の監督の足下にあったボールをスナイパーが撃ち抜くシーンまで出てくるそうだ。
このレビューが話題となり、そもそも発行部数が少なかったことも相まって、今や3作とも高値で取引されているという。
だからこそブルース“先生”の次回作が気になって仕方ないのは私だけではないはず。自叙伝になるのか、はたまた『タイン川殺人事件』になるのか分からないが、気長に待つとしよう。
Photo: Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。