「いきなり」降って湧いた移籍騒動
スペインで13日、ビッグニュースが駆け巡った。ロドリゴ(バレンシア)のアトレティコ・マドリー移籍である。昨季2位のチームによる4位のチームからの引き抜き。しかも開幕直前で移籍市場が閉まるまで約2週間とリアクションの時間がほとんど残っていないタイミングで、である。
ロドリゴはバレンシアにとって代えの利かない選手だ。精力的に動き、中盤まで下がってボールをもらってタメを作り、ソレールやパレホとのコンビネーションで崩しに参加し、もちろんフィニッシュも担当する。2トップの相棒マキシ・ゴメスやガメイロ、左サイドのゲデスが配球を待ってゴールする純粋なフィニッシャーだとしたら、ロドリゴはトップ下兼FWで、配球もできるフィニッシャーであり、レアル・マドリーにおけるベンゼマのような存在である。昨季15ゴール、10アシストがいきなり無くなるのだ。
そう、このオペレーションの問題点は「いきなり」であったことだ。監督のマルセリーノはもちろん、補強担当のGMのマテウ・アレマニーにとっても寝耳に水であった。13日、ロドリゴはロッカールームを片付けチームメイトに別れを告げたが、2人が知らされたのはその数時間前だった、という(注:16日現在、ロドリゴはバレンシアの練習に復帰。移籍か残留かの結論はまだ出ていない)。
代理人が意思決定の場にいるという危険性
つまり、バレンシアにはGMと監督の頭越しに選手の売買ができる、陰の補強担当がいるのだ。それがオーナーのピーター・リムであり、彼の友人でありアドバイザーである代理人ジョルジュ・メンデスである。メンデスはロドリゴの代理人の1人であり、契約金6000万ユーロ(約70億円)というのも、アトレティコ・マドリーの補強担当ヒル・マリンと懇意のメンデスが橋渡しして合意に持ち込んだものだった。
実は2週間前、リムがアレマニーGMを解任しようとし、マルセリーノが辞任をチラつかせて思い止まらせたことがあった。これはリム+メンデス、アレマニー+マルセリーノという2つの補強ルートを一本化しようとした試みだった。そもそもクラブ買収に興味があった富豪リムをバレンシアに紹介したのがメンデスであり、ロドリゴの他、現在はガライ、パウリスタ、マンガラ、ゲデスが所属、過去にはカンセロ、アンドレ・ゴメス、オタメンディ、ルベン・ベソ、サンティ・ミナらメンデスの息が掛かった選手が大量にクラブを通り過ぎて行った。
メンデスとの良好な関係が良い選手を安価で連れて来て高価で売る、という方に動けばバレンシアにとっては万々歳なのだが、それは虫が良過ぎる考えだろう。
選手を動かして商売する代理人に特定のクラブだけを利するメリットは無い。アトレティコ・マドリーだってメンデスの顧客なのである。時にはバレンシアに損をさせてアトレティコに得をさせるオペレーションだってあって不思議ではない。それが商売であり、商売人である代理人は中立であるべきなのだ。
つまりバレンシアの問題とは、その代理人を補強戦略の意思決定の場に組み込んでいることなのだ。そうしている限り、商売的には6000万ユーロの大商いだが、スポーツ戦略的には大失敗という、今回のロドリゴのようなケースが出て来るのも当然である。
Photo: Getty Images
Profile
木村 浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。