38歳のサイドバックがプレミアで現役引退
ウナイ・エメリ監督に愛された男がスパイクを脱いだ――。
と言っても、アーセナルのGKペトル・チェフは今月29日のヨーロッパリーグ決勝で古巣との大一番を控えているし、セビージャのアルゼンチン人MFエベル・バネガ(30歳)はまだまだ身を引くような年齢ではない。それにバルセロナからアーセナルにローン加入して以降、全く見かけないMFデニス・スアレスだって別に引退したわけではない!
それならば誰が現役を退いたのか? それはブライトンの主将、ブルーノである。38歳の右サイドバックは、5月12日のプレミアリーグ最終節を最後に現役生活にピリオドを打った。そのスペイン人DFの恩師こそが、ウナイ・エメリなのだ。
ブルーノはアルメリア(2006~08年)とバレンシア(09~12年)時代に、計5年間もエメリの下でプレーした。どちらのクラブでも、彼を獲得したのはエメリだった。「僕にとってエメリは大切な存在だ」と、今季アーセナルと対戦する前にブルーノは話していた。
「僕という選手を育て上げてくれたのが彼なんだ。本当に感謝している。彼と彼のスタッフから全てを学んだ」
エメリとは今でも携帯メールで連絡を取り合う仲だという。そして、こんなエピソードも明かしている。「彼は勇敢なんだ。1-0でリードしている試合で守備的MFに代えてアタッカーを投入したことがあった。目的はボールを持つ時間を増やすため。僕は彼から勇敢であることを学んだよ」。
もちろんエメリだってブルーノに絶大な信頼を寄せていたし、彼を指導した全ての監督がそうだったはずだ。2012年から在籍してきたブライトンでは腕章を託された。今季終了後に解任されたクリス・ヒュートン監督も、「38歳にして世界最高のリーグでプレーしたのだから凄いよ。彼は一流のプロであり、一流の男だった」と称賛を惜しまなかった。
チームメートとの秘話
ブルーノの人望を象徴するようなエピソードがある。それはブライトンのフランス人MFアントニー・クノッカールが苦しんでいたときの話だ。クノッカールは16年11月に父が他界し、翌夏には離婚も決まり、生後6カ月の息子と離れ離れになった。それがきっかけで精神的に病んでしまったのだ。
それまで「うつ病って何だよ」と考えていたクノッカールだったが、「この苦しみから一生抜け出せないかも」と負のスパイラルに陥ってしまった。「突然、涙がこぼれ出て」、もう限界だと思ったとき、彼は他の誰でもなくキャプテンで友人のブルーノに相談したという。そしてブルーノがヒュートン監督に事態を伝えたことで、クノッカールは心理カウンセリングを受けることになり、やっと苦しみから抜け出せたのだ。
ブルーノは、そういうキャプテンの役割について「自分の仕事は次のキャプテンを育てることもであった」と語り、昨年イングランド代表デビューを果たしたクラブの副主将、DFルイス・ダンクに後を託した。
だが、決して永遠の別れではない。クラブは、将来的にブルーノに何らかの役職を用意するという。ブルーノ本人も「私と家族はブライトンを離れない。僕らはここで幸せなんだ」と語り、これからはコーチライセンスの取得などに励むという。
最終節の試合後、ピッチに妻と子供たちを迎え入れたブルーノには、スタンドから「オーレー、オレ、オレ、オレー、ブルーノ、ブルーノ」という大合唱が送られた。ブルーノも「一度シーガル(ブライトンの愛称)になれば、一生シーガルだ」と、涙を目に浮かべて応えた。その横では、幸せそうに最愛の息子を抱きかかえるクノッカールの姿もあった。
Photos: Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。